心に風が吹き込むような。片桐はいり「グアテマラの弟」感想


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片桐はいりという人の活動に詳しいわけではないけど、この人のエッセイが面白いという話を聞くと、読む前から「あ、そうかも」という不思議な説得力があった。

実際に文章も、書いてある出来事も新鮮で上品。
仲がいいのか悪いのかわからないまま日本が合わなくてグアテマラに移住した弟のこと、
最後まで海外を知らずに亡くなった親のことを、ちょっぴりセンチメンタルに、でも決して湿っぽくならないように書いてある。

原色にあふれた市場。テレビのニュースでも数分遅れて始まるゆったりした時間。
ナンパに熱心で明るいようでいて、アメリカに密入国して過酷な仕事をしないといけないこともあるグアテマラの若者。

そして、ここが他のエッセイストと違う点だと思うけど、
「それに比べて日本の若者…」
とか
「このようにグラテマラの社会は貧困で…」
とか、余計なことを言わない。
ただ、異国の人々がいて、見慣れない生活があることが面白い。

自分が旅行エッセイを読み始めたころの新鮮な驚きが蘇ってくる。

毎日同じ繰り返しの生活をしてるといつの間にか思考が閉じちゃって
「このまま狭い世界で老後の心配しながら一生を終えるんだ」
とまで考えそうになるけど、一冊の本で世界の広さを知って、実際に旅に出なくてもなんとなくすっきりした、胸に窓ができたような気になる。

日本のエピソードもユニークなもの揃いで、特に、食い意地が張って常に爪楊枝を持ち歩いていた父の最後のお別れに、泣きながら棺の中の父に大量の爪楊枝を投入したエピソードが泣けて笑える。

読んだ後は、離れた土地に暮らす姉弟や親友のことを自然に思い返した。
普段熱心に話し合ったり、信頼を確認したりすることもないけど、何かのキッカケでふと思い出す。どこかで繋がっている。
作家の凝った文章とも違うし、素人が書いた「粗削りな面白さ」とも違う。オススメです。




古本で1円から。「わたしのマトカ」はムーミンの地へ旅をしてます。

日本の○○を外国人絶賛!…よりちょっと深い話 高野秀行「移民の宴」

「外国人が日本を絶賛!」
「外国人が日本人に激怒!」
どちらかに二極化した報道に気持ちの悪さを感じている人に読んでほしい。

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「外国人の食生活を聞きに行けば本のネタになるし、旨い酒にもありつけるかも」
ぐらいの思い付きから始まっていつの間にか生い立ちや宗教の話に発展し、取材期間中に不幸にも東日本大震災が起こったことで、本としてはおそらく作者が思っていた以上に深く面白くなった一冊。

持ち物全てが流されても明るくふるまう南三陸町のフィリピン人女性たち、
日本で中古車販売で稼いだことと、困ってる人を助けないといけないという信仰心で日本にかけつけたパキスタン人、
ネットでは不思議ニュースとして取り上げられた、巨大仏像を日本に送ろうとしたタイ人グループのことも書いてある。

これを読んで日本の外交政策がどうこうとか、歴史や宗教問題について考えようといった目的があるわけじゃない。
「ただ面白そうだから聞いてみた」
という出発点が、結果的に読みやすさと面白さにつながっている。


1日何度もお祈りをして、豚肉は一切食べられないので日本の食事はどこに肉が潜んでいるかわからなくて大変です…というムスリムの人がいたら、まず彼らがどんな人か考える前に
「なんかニュースでテロの報道で映ってた、関わり合いになりたくない人種だ」と考えてしまう。

だけどこの本では、彼らは獣肉を避けて「寿司通」になることが多いことを書き、最後には日本人の作者が「本マグロよりメバチマグロの方がいいんじゃない?」と教えてもらう。
このシーンだけでも面白いし、「わけのわからない人たち」から「寿司好きかもしれない人たち」ぐらいに親しみやすさはアップする。

「日本料理は繊細で、シンプルに見えても職人の技術とかは世界トップクラスなんでしょ?」
というイメージも気持ちよく消えていった。
日本料理のレベルが低いということじゃなくて、世界中に凝った料理があって、それを習得した料理人がいる。

外国人が
「日本料理は魚を丸焼きするだけで簡単でいいよね」
といったら、
「そうか?本当に和食知ってるのか?」
と思っちゃいそうだけど、この本に登場するイラン人のダンサー、ミーナさんがふるまう家庭料理は仕込みだけで17時間かかる。

ある程度作り置きする文化があるとはいえ、食材選びも手間も相当にこだわっている。
そして、アイドル的で明るいベリーダンサーのミーナは家族を亡くしたばかりだったということを後で知る。

「地震の被害で何もかも流されたけど、一番美しい私だけは残った」
という力強いジョークで笑ったフィリピンのおばちゃんといい、みんな影で泣いたこともあるはずなのに、強い!

それに、仲間と宗教の力って凄い!
宗教というだけで日本だと、うさんくさいイメージにつながりがちだけど、お寺という心の拠りどころがあって、お祈りすることで頑張れた人がこんなにいるのかと、羨ましいとすら思えた。

「関西では料理にこんなものをかける!」
という情報バラエティーを観るのと同じ感覚で、
「日系ブラジル人の醤油やシャンプーは濃い!」
なんていうトリビアがいくつも出てきて、読後には自分の考え方がちょっと広がったような気になる。いい本でした。




「動物翻訳家」は動物好きならだれでも共感できるしっかりした一冊。

片野ゆか「動物翻訳家」を読みました。

動物園の飼育員と動物たちの交流を記録した一冊。
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珍しい動物や感動的なエピソードを押し出さない、地に足のついた一冊でした。
愛犬家で、「ゼロ!」やコミック化した「犬部!」など、犬の処分に向き合う人たちをずっと追ってきた作者の、珍しく犬が出てこない本です。

用心深いペンギンや独自の社会を形成するチンパンジーも面白かったけど、アフリカハゲコウという巨大な鳥を檻なしで飼育して、飛ぶ姿を見せる話が面白かった。
その章で出てくる
「動物を擬人化させたものではない、動物本来の動きのショーを見せたい」
という考えにも深く納得してしまった。

動物が玉乗りをしたり、おもしろいポーズをしたりといった、人間がやりそうなことをやらせるんじゃなくて、
ゾウだったらその大きさや鳴き声。
犬や馬なら走る速さと美しさ。
猿なら木を伝う上手さ。

そういう動物本来の姿をそのまま見せるのが一番魅力的で、動物にもストレスにならないんじゃないか。
言われてみれば当たり前で、なんで今までそんなことに気づかなかったんだろうと思います。
その中で最も難しい「鳥が飛ぶ姿を見せたい」という飼育員の奮闘が描かれます。

また、キリンの飼育員は、キリンの妊娠がわかったとき、あえてみんなに公表したいと申し出ます。
たいてい、子供が生まれてから「おめでたいニュース」として発表されることの多い動物の赤ちゃん。それも日本の動物園では絶滅の危機にあるキリン。
その赤ちゃんが生まれるかもしれない。

それをあえて妊娠段階で公表して、もし悲しい結果になったらみんなで悲しみ、元気な子が生まれたらみんなで祝福しよう。
こんなことを言い出せるのも、飼育員と動物との言葉にできない繋がりがあるからだけど、キリンの神経質さと
体型を見るとこっちまでハラハラする。

日本の動物園に常につきまとう、狭さと資金問題。
中には、ストレスから柵をなめたり噛んだり、本来の野生動物ではしないような行動をとる動物も多い。
そんな動物園のネガティブな一面も認めながら、それでも飼育員は、できる中で少しでも動物たちと心を通わせようと日夜頑張っている。

写真はモノクロだけど、キリンってこんなにきれいでユーモラスだったっけ。
ペンギンはこんなに堂々としてたっけ。
間違いなく動物園にもう一度行ってみたくなる一冊です。最後に行ったのはいつだったか…




旅はときどき。

宮田珠己「旅はときどき奇妙な匂いがする」を読みました。

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会社を辞めてあちこち旅をしているおもしろオジサンと、その体内に巣くう「ペリー」とのふたり旅。寄生獣みたいな説明になった。

要は、たまに原因不明の痛みが片足を襲うので、その痛みに「ペリー」という名前を付けてぶらりと一人旅に出たというエッセイ。
「ここに着いたとたんにペリーが来航した」
と書くことで、原因不明の病らしきものを面白く書いているんだけど、内容もペリーの副作用か、今までお気楽な要素ばかりだったのに少し文学的な匂いが出ていた。

中に「旅に持っていく文庫本」のエピソードがあったけど、これが書いた本人も意識してないかっこよさが出ていた。

著者は、どこを旅するにもお気に入りの文庫本を尻ポケットに入れていく。
どれも表紙がはげて、余分な内容を落とした「本の仙人」みたいになった文庫本。
余白をメモに使ったり、筆談に使ったりするうちに
「旅が文庫本に練りこまれていく」
ボロボロになった文庫本が、この本はあの旅に持って行ったもの、と記憶を呼び起こすアルバムになっていく。

この旅慣れた感じと、大事にするだけじゃない深い本との付き合い方。最後に
「この本もぜひメモに使ったりしいてほしいので余白を用意した」
とかで空白にしてるんだけど、そのオチも含めてすごく粋なこと書いてるなあ…と感嘆しきり。

他にも、海外の初めて見る形の蛇口を相手にずっとお湯が出ない出ないと格闘する様子を延々と書いたり、
すごくくだらないシーンにページを割くの面白い。
目的地の凄さだけじゃなくて、それまでのなんでもない風景が旅であるという哲学に基づいた不思議な旅本。いい味出してます。



まんしゅうきつこ「アル中ワンダーランド」を読んだ。


ブログで人気の漫画家/イラストレーター初の描き下ろし。



へべれけに酔った状態でイベントに現れたり、気が付いたら持ち物をなくして知らないおじさんに心配されたり。
普通に聞いたら仰天するような酒の失敗談をしているのに、いまひとつ衝撃が少ないのは、この手のジャンルに猛者が多すぎたせいか。

僕は、家族も生い立ちも謎のベールに覆われたまんしゅうきつこなる人物自身のことが気になってしまった。
少しだけ登場する旦那との結婚生活は?とか、
弟さんについてもっと詳しく!とか、とにかくアル中エピソードよりも周辺に気になることがいっぱい出てきて、
「ちょ、その人についてもっと詳しく!」
と思ってしまう。

アラフォーで突然顔出しをした作者の顔もまた謎を深める結果に。
おじさん受けの良さそうな幸の薄そうな美人で、「なぜこの人がこんなことに?」という子供時代の話から知りたくなる。

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インタビューによれば本人は自意識過剰気味なところがあって、
「何か面白いことをやらないと」
と自分を追い詰めていく、変にマジメな性格がアルコール依存に走らせる原因のひとつだったらしい。

難しい話だ!

作者にとっては、泥酔してトークイベントに出て記憶が全部飛んでる話の方がよほど「とっておき」の話で、マンガにするだけの価値があると思うだろう。

けど、この本で初めてまんしゅうきつこという存在をしった自分のような読者にとっては
「子供のころ好きだったマンガは何」とか
「家族に言われた印象的なことは何」とか
ごくありふれた話もしてほしかった。
最初のページから幻聴が聞こえてたからね…

つまらないわけじゃないけど、はからずも、前に読んだマーシーの薬物リハビリ日記の完成度の高さを再認識する結果になってしまった。ブログは一部しか読めなかったけど噂通り面白かったです。



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