これがマンガの力だ。 吉本浩二「淋しいのはアンタだけじゃない」2巻レビュー

「ぼくら、目で楽しめるマンガが大好きなんです」
聴覚障害を持つ人には、全て目で楽しめるマンガ好きが多い。

彼らと交流するうち、メディアで取り上げられることの少ない「聴覚障害」をテーマに描くことにした作者。

「マンガが好き」
と言ってくれた人たちに託され、症状はマンガにしかできない文字の歪みや、歪んだ擬音で描かれる。

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難聴は、ただ聞こえづらくなるだけじゃない。耳鳴りの苦しみ、孤独。
家庭から会話が消える。人間関係を壊し、人格を変えていく。痛みを、強烈なタッチで描き込む。

想像したことのない聴覚障害の恐怖と、手に負えなくなってくるテーマに、マンガの力で向き合う作者。

2巻で話を聞いた医師は、自身も途中失聴者。
人生の途中で難聴を患った人は、24時間消えない耳鳴りに苦しめられることが多い。
ある日「耳に水が入っているような」感じがして、左右の聴力に差が出てきた。
今でも、常に高音の耳鳴りがして睡眠薬がないと一睡もできない。
「常にマイクのハウリング音が聞こえる」

自暴自棄になって、衝動的にアクセルを踏み込んだ。

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耳鳴りの薬はない。他に気をまぎらわせるしかない。
自分も苦しみを知りながら、患者には治らないことを宣告しないといけない。


聴覚の話と並行して進むのが、取材当時話題になっていた佐村河内守のゴーストライター騒動だ。
ひとりの聴覚障害者に、
「彼は昔からボランティアに来てくれていた。聴こえないはずです」
と証言されて始まった、佐村河内夫妻への取材。

彼はそもそも「完全に聞こえない」とは言ってない。
なのに「聞こえないはずなのに音に反応してる」と笑いものにされた。
難聴に苦しむ人は、記者会見で笑い者にされる姿を自分に重ねた。
笑われている。
疑われている。
あれが自分に対する世間の目なんだ、と。


佐村河内夫妻は、壮絶なバッシングを受けた後なのに、他では話せないことも丁寧に話してくれる。
マスコミの酷い手口も聞いた。ぜひこの人の味方をしたい。

だが、医者の見解と佐村河内の話に一致しない部分が出て、作者をまたも苦しめることになる。

データだと、佐村河内本人の証言よりは聞こえるはずだ。
佐村河内さんは難聴になった時期に兄弟を亡くしている。心因性の難聴だってある。
難聴になるとみんな発声が独特になるのに、なぜあの人だけ自然に話せる。

何が本当で、どう描けばいい。
部外者の自分が、これほど他人のナーバスな部分に踏み込んでいいのか。

佐村河内に都合の悪いことは描きたくない。だけど嘘を描いたら「マンガ」を裏切ることになる。




3回目の佐村河内家での取材。
重い空気の中で、口下手な作者が言葉を選んで質問をする。

漫画の世界も厳しくて、頑張って描いても話題にされなくて、生活もたいへんです。
もし自分にも、難病とか、いじめとか、引きこもり経験とかがあれば注目されるかも、と思ってしまったことがある。

「現代のベートーベン」ともてはやされたとき、そんな思いは、なかったですか。

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