楽しい人生と楽な人生は違う。「パリでメシを食う。」川内有緒

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海外にはホームレスに不法占拠された建物がいくつもあるが、その中でも異質なのがパリの「スクワット」だ。
ビルを占拠しているのは様々な人種と年代の「アーティスト」たちで、

「自分たちは芸術活動をしている。そのためにこの建物が必要だ」

という勝手な理屈で警察を何度も追い帰してビルの中でそれぞれが絵を描いたりして生活している。彼らはアートに興味のある作り手を迎え入れ、買い手を集めてだんだんと世論を味方に付けていった。
さらに、130年ぶりにパリ市長になった左派勢力が「アーティストの保護」を公約にしていたのをきっかけに、彼らはパリのど真ん中でビルをひとつ手に入れて、その中でずーっと絵を描いたりして暮らせることになった。

その前衛的集団のメンバーである日本人女性が「エツツ」こと悦子さん。
日本では「どこか変わってる」と言われて育った彼女は、バイトで旅費を貯めて、たまたま風変わりなビルを見つけて、たまたまそこの中心人物に口説かれ、真に受けて、そこで絵だけ描いて生活するようになった。

「絵だけを売って生活するなんて無理」

ということを、日本で絵画を学んだ人はみんな知っている。
だけど、悦子さんは二十代後半までちゃんと絵を描いたことがなかったので、そんなことも知らずに軽い気持ちでそこに着いてしまった。
彼女の運命の面白さに、本人は気付いていない。


オペラ座にマンガ喫茶を開いた青年は「パリはやさしくない」と語る。「パリ」の響きだけに憧れて、痛い目にあって帰ってきた人の方が多いに違いない。
優雅な街並みもあれば、凄まじく口の悪い若者もいる、ミシュランの星を獲ったレストランもあれば、何度頼んでも水も持ってきてくれない店もある。
人々は、直接的に怒り、笑い、愛の言葉をぶつける。

ヨーヨーだけでサーカスの大役をまかされたYukkiも興味深い人だ。
取材時、彼は精神的に参っていて、ヨーヨーを披露すれば満面の笑みを浮かべるのに、何度か「死にたい」という言葉を口にしたらしい。
凡人にとってはヨーヨーで死ぬなんてありえないけど、最近の競技志向のヨーヨーと、サーカスの独特の雰囲気の中で行うヨーヨーの方向性の違いで悩んでいたらしい。
取材した有緒さんも、若いクリエイターがあっさり自殺してしまうときのような危うさを感じていた。


この本に登場する日本人たちは明らかな成功者ではない。その日一日好きなことができて、美味しいワインが飲めれば幸せ、将来のことはわからないという生活。
日本なら貧困層とか負け組とか言われてもおかしくないのに、みんな生き生きしている。

パリの本だけど、パリの悪口もいっぱい書いてあって、パリ賛美の本ではない。この本がパリである必然性もないのかもしれない。
この人たちなら世界のどこでも面白い人生を送れるような気もする。
パリという街じゃないと生きられない人たちのような気もする。

読み終えたら人生の選択肢の多さに気付いてワクワクする。
どう生きてもいいし、決断するときは決断しなくちゃいけないんだ、とちょっとだけ気が引きしまる。文章も美文で読みやすい。いい本でした。



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