「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」文庫化!

僕の読んだノンフィクションの中でもベスト10に入るくらい面白かった
「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」の文庫化が決まっていたので少しでも宣伝したいと思います。





「力道山~」は、作者の熱量に圧倒される格闘技本で、昭和史で、伝記。
昭和29年、プロレスの力道山VS柔道の木村政彦という異種格闘技戦が行われ、結果は力道山の圧勝に終わった。当時の民衆は「やっぱり力道山は強い」と元気づけられたというのですが、
「これはプロレス界がもちかけた八百長であり、本当に戦えば木村先生の方が強い」
という説を証明するために、作者が最強の柔道家、木村政彦の生涯を18年!に渡る取材、執筆期間を経てまとめたというものです。

…ほら、もう格闘技に興味ない人は読む気なくしたでしょ?

でも、これが凄いんです。
木村政彦の生い立ち、新聞記事、関係者を徹底的に調べて、当時の柔道がどういうものだったか、この技はどういうルールから生み出されたものか…といった所から取材していく。
暴力団関係者に取材したり、対戦表にはあるけど消息不明だった人物が老人ホームにいるのを見つけたシーンは鳥肌ものだった。

警察にけいこをつけてもらいに行くも、あまりの技の速さに受け身がとれず、次々と警察官が脳震盪をおこしてしまって練習ができなかったという怪物も、時代の波にのまれて兵隊にとられてしまうんですが、本当に面白くなるのは戦争後のエピソードです。

ひょんなことから木村政彦一行は、ブラジルに旅をして観光がてら地元の格闘家であるグレーシー一族と戦おう、ということになる。
ところがブラジルに着いてみると、観光どころではない。
現地に渡った日本人は、地元で完全に弱者として扱われ、過酷な労働の毎日。
日本の敗戦も信じていないブラジル在住の日本人は、もし柔道が無様に負け、これ以上日本人として屈辱を受けることになるならタダじゃすまさん…と殺気立っていて、日本対ブラジルの代理戦争のような空気になっている。

もちろん柔道のルールで、相手を投げた時点で勝ちなら「鬼の木村」が負けるはずがない。しかし、戦闘不能になるまで絶対に負けを認めないグレーシー一族。
「ひょろ長い手足で、強そうには見えない」
ように見えた彼らだが、それは柔道家からの見方であって、長い手足は彼らの必殺技を使うのに適したスタイルだった。試合は壮絶な展開になっていく…!

プロレスが絡んできてからは、商売人としてはダメダメだった木村政彦は、経済的な事情もあり、プロレスラーに転向して力道山の引き立て役のような扱いにされてしまう。
今でこそプロレスといえば、過酷なスポーツだけどある程度のお約束も交えた、ショー的な要素もあると認識されているけど、当時は違った。そして、

昭和29年12月22日----。プロ柔道からプロレスに転じた木村政彦が、当時、人気絶頂の力道山と「実力日本一を争う」という名目で開催された「昭和の巌流島決戦」。試合は「引き分けにする」ことが事前に決められていたものの、木村が一方的に叩き潰され、KOされてしまう。まだ2局しかなかったとはいえ、共に生放送していたテレビの視聴率は100%。まさに、全国民注視の中で、無残な姿を晒してしまった木村、時に37歳。75歳まで生きた彼の、人生の折り返し点で起きた屈辱の出来事だった。



全国民の前で血だまりに沈んだ木村の胸中に何があったのか。
YOUTUBEでも見れる試合の動作ひとつひとつを、現代の専門家たちはどう見るのか。

そして、本当はどちらが強いのか。

単行本は百科事典みたいな厚さで持ち歩けなかったので、文庫版、電子版、「KIMURA」のタイトルでマンガ化された方など様々な選択肢があります。ぜひぜひ。
関連記事

コメント


トラックバック

↑