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吉本浩二「淋しいのはアンタだけじゃない」レビュー

「ブラック・ジャック創作秘話」で「このマンガがすごい!」1位になったドキュメンタリー漫画家、吉本浩二の
「淋しいのはアンタだけじゃない」が完結した。
いろんな方面から語れるマンガだけど、まず「マンガの力」「マンガ表現の可能性」の作品だと強調したい!


話は、マンガ好きの聴覚障害者との出会いから始まる。

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彼らはマンガの擬音表現で、世界に音があふれていることを知った。
「ぼくたちマンガ大好きなんです」
その声にこたえて、作者は聴覚障害を次回作のテーマに決める。

一般的に聴覚障害は「耳が遠くなる」イメージだけど、実際は音が歪んだり、強烈な耳鳴りが起こる。
24時間止まらない耳鳴りで精神を病み、疲れや幻聴が絡みあって膨らんで、手に負えなくなっても見た目はふつうの人にしか見えない。

そんな聴覚障害を絵にするとどうなるのか。編集者と話し合いながら言葉を歪め、擬音を目障りにする。
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生まれつき耳が聞こえない人が、子供のころにマンガ表現で世界の音に触れたように。
聞こえる人にマンガ表現で「聞こえない人」の世界を見せる。

常にマイクのハウリング音のような耳鳴りがする人には、そのままマイクの絵を描くし、何をやっても感覚がなくてフワフワしていると訴える人は、本当にフワフワ浮いて描かれる。

吉本浩二の「バカまじめ」な描き方も生きる。
たとえば対談では、話し相手と手話通訳者がどの席に座るのか、位置関係が正確に描かれる。
なぜか食っているものもちゃんと描かれる。
どんな相手でも、同行の編集者は出された物をモグモグ食うんだけどその様子を毎回描く。
一見どうでもいいことまでキッチリ描くことで、作者は誠実に真剣に描いていても、小さじ一杯分の笑いが生まれる。

「聴覚障害のマンガ」なんだけど、耳の不自由なヒロインが出てきたりするわけじゃない。マンガしかできない表現、マンガ的表現の可能性を描いたマンガだ。
実写化したり、ストーリーだけ抜き取れない。画力がすごいんじゃない。「このマンガがすごい!」としか言いようがない。


聴覚障害でリンクしているけど別の話である佐村河内守の「ゴーストライター騒動」が絡んだことは、幸運だったのか、不幸なのか。

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現代のベートーベンと言われた作曲家、佐村河内守が、実は耳が聞こえていたとされたスキャンダル。
佐村河内本人に取材のアポがとれる。それも、映画「FAKE」の密着取材中だという。

尊敬するドキュメンタリー映画監督、森達也に撮られるかもしれない。
自分たちもスクリーンに大写しにされて、悪質なメディアの一種に見えてしまうかもしれない。

佐村河内を撮ったドキュメンタリー映画「FAKE」に作者は出てないが、実はカメラを構える森達也自身を描く二重構造になっていた。


興行成績では明暗が分かれた。
「FAKE」は聴覚のことには触れず、テーマをマスコミ批判などに絞って連日大盛況。

「淋しいのはアンタだけじゃない」は聴覚の話と、佐村河内氏の取材が同時に進む。
実際に読まないと内容かわかりにくく、単行本の帯文句まで売り方に迷っている様子で、売り上げは大惨敗。

だけど内容を比べると、
映画では静かに生活しているように見える佐村河内が、マンガでは激しい怒りと苦悩を語っている。
映画終盤に出てくる補聴器は普段使っていないこと、耳が聞こえなくなっても発声が崩れないわけを答えている。
「FAKE」で森達也監督のカメラが届かなかった暗がりに、吉本浩二のペンは届いている。

マンガ好きでいてくれた人の思いを受け取って、マンガ的表現に苦悩して、作者自身も成長していく。
「マンガの力」のマンガだ。だから「このマンガはすごい!」

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