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「DAYS GONE」プレイ日記3



いかん!発売日のテンションが下がってきた。
タイミングが悪かったのは「レッドデッドリデンプション2」で、より匂いたつ空間で同じことをしたな…って思うことが何度かあって。
植物採取、指名手配犯を取り押さえて後ろ手に縛る。動物の解体。
意識してないとは思えないくらい、絵的に全く同じ。

ただ、RDR2との「匂い」の濃さの違いが出てくるのが、動物解体のときのカメラワーク。
どちらにも、野生動物を狩って肉にしてキャンプに持ち帰るって要素があるんだけど、RDR2は動物ごとに刃物をいれて解体する手順が違って、毛皮と肉が取れて、毛皮を馬のうしろに積んで帰る。

DAYS GONEでは動物を倒して肉にするとき、カメラがふかん視点から、主人公の顔に切り替わる。
動物によって解体の手順が違って動物のほうをじっくり映すとか、そこまでは作り込んでない。テンポ悪くなるし、動物が死んだところ映してほしくない人も多数いるでしょう。

そこが、それぞれのゲームの「匂い」の濃さがわかりやすいと思いました。
DAYS GONEの悪口じゃなくて、RDR2のほうが異常。あれは異常。

ただ、プレイしながら「これのもっと味の濃いやつを食った後なんだよな・・・」と思ってしまうのと、思いのほか難易度が高くてしんどい。

他に買った人によると、ゾンビが大量に追ってくる場面がキャッチーだったそうだけど、状況によってはゾンビ3体でも普通にやられるのに、大量ゾンビなんか逃げの一手だよ。
火炎瓶でも投げようものなら、気づかれて、走ってバイクに乗ろうとしたところを引きずり倒されて終わりだよ。
いったん、いったんRDR2の感覚が抜けるまで置いとくかな。
「深夜の馬鹿力」で伊集院光さんが、平成最後に取り上げたゲームがデイズゴーンで、面白かったって言ってたの嬉しかった。

「DAYS GONE」プレイ日記2



ガス欠になって押して歩いた。
自転車のパンクでもそうだけど、乗り物を押して帰るときの悲しみ、やるせなさったらない。だって自分の責任だから。動かないバイクに
「お前はどこかでガソリンを補給せず、このまま行けるでしょっつって通り過ぎたのだだだだ(残響)お前のポジティブ精神に似た無計画、最悪の事態を考慮できないあさはかな人間性がこの苦しみになっているのだだだだだ(残響)」
と、乗り物のくせに僕の脳に直接語りかけてくるのでつらかった。

一応レッカーは呼べるようだけど、ゾンビが徘徊している地域で呼んだらいくらかかるかわからないから、自力でガソリン探した。あー、きつかった。

気付いたこと。
「ライフイズストレンジ」に続いて、どうにか脱出したい未来のない土地としてオレゴンが出てくるのは何だろう。田舎町だけど何もドラマがないほど田舎じゃない、使われやすいポジションなのだろうか。日本でいえばどこだろう。

「自分探しの旅」をすると聞いていたが、どうも常に目的があって、ふつうに目的があって北を目指しているのが、予想してたのと違って多少ガッカリだ。
目的は自分探しだろ。自分捜そうよ。

ゾンビに家族もみんなやられて、あー、俺もう生きなくていいかなー、と思った青年がいろんな土地を見て、生存者たちがなんとか作った1杯のスープに涙を流し、廃墟になった観光地を見て、
「自分の足跡も、遥か未来の生き残りが見てくれるかもしれない、今死ぬことはないんだ、って思いなおす。スマホなんて娯楽はなくても、ジーパンの尻ポケに突っ込んだ一冊の本で退屈をまぎらわす。これが自分探しの旅ですよ。若いうちしかできないが、中年になってもそれなりに絵になる。連休とかあったら、僕も行きたいなあ。目的のない旅・・・。
えっ、ゴールデンウィークもう始まってるの?

「DAYS GONE」で崩落世界バイク旅1



バイク旅行には「苦労を楽しむ」側面がある。
車なら屋根がある。雨で転んで心が折れない。
バイク旅行って、金もかかるし体力も使うし荷物の制限もある。目的地を楽しむというより、旅の苦労や制限があることを楽しみと考えられるひとしかできない。
だから憧れるし、かっこいいなあと思う。

じゃあ、より過酷な世界でバイク旅をすればもっと楽しくていいんじゃないか、ってことで出ました。プレステ4の「DAYS GONE」
ゾンビとか野党がうろついている崩壊したアメリカをバイクで旅するコンセプトで、もう超超超期待していた一作です。ゾンビが画面を埋め尽くしているのに「自分探しの旅」とか言ってるの最高!平成最後はこれ!!って絶対決めてたんです。

今の所まだまだ序盤だけど、触った瞬間「傑作じゃー!!」ってなるようなのとは違いますね。
バイクの排気音を小さくしてゾンビに気付かれないよう改造したり、ポリタンクで燃料いれたりするのは面白いけど、メインは戦闘で、気付かれないよう敵に忍び寄ったり火炎瓶で焼き払ったり、楽しいんけどさ、
それが一定の面白さがあるのは知ってるよ!過去に死ぬほどやったから!!

でもバイク旅にゾンビが迫るのは、考えてみると面白い。
ゾンビって映画ではなにかの比喩だったりするわけでしょ?

バイク旅行してたら、そういう若者に否定的な人もいるわけです。
まだ見ぬ土地を進み、風を切る喜びをしらない、自分のように本や映画で旅に憧れても結局原付にしか乗れない、心のくさった人を「ゾンビ」に例えて、積極的にひいていくことで弾薬を節約するという。
そういうことでバイクとゾンビの組み合わせは新鮮で春にぴったり。

無職のヒモ男がリラックマの比喩で出てくるNETFLIXの「リラックマとカオルさん」

「どーもくん」制作チームの新作が「リラックマとカオルさん」。
日本から世界に向けて本気のカワイイやつをぶっ放すと思いきや、「レンタネコ」の荻上直子成分が濃かったのか、なんか…へんなもの観た。

イケメンと付き合って癒されることばかり願っているアラサーOLのカオルさん。
彼女の心の疲れにつけこみ、リラックマの着ぐるみを着た無職のヒモが転がり込んでくる。
(この解説には勝手な解釈が含まれています)



「カオルさん」の家に住み着く、クマの着ぐるみって設定はもともとあったもので、それを映像化したらこれだー!って突きつけられた感じで。主人公のカオルさんは会社での仕事ぶりも失敗してるようではないし、見たかんじも悪いようには見えないけど、自己評価がきびしくてすぐウジウジ言い出すOL。そのわりにイケメン見たらすぐ惚れる。
さびしさのあまり、夢にもイケメンが2人出てきて、
「夢の中でも選べなかった」って朝から落ち込んだり、だいぶ休みが必要。カウンセリングが必要。

この人が落ち込んだところをリラックマに癒されるんだろう、と、思うでしょう?
ところが、なぐさめようとするリラックマに対して、お前じゃねえ、私を癒すのはイケメンとの結婚であるという態度を崩さず。
リラックマも泣いちゃって大きい鍋を持ってきてその中に入って、
「せめて私をクマ鍋にして食べてください」と、お箸を差し出したりするし。

笑うべきなのか狂っているのか、戸惑うシーンが多くて、全然ゆったり見れない。
クマ鍋にしようにも、リラックマって謎の着ぐるみなのに。

「この場面をよく見ると、背中にチャックがある?」
ってチラ見せするんじゃなくて、クマの皮を脱いで洗濯を頼んだり、はっきり「中に何かいる奴」として出てくる。
だから、心が弱ってる女性にこいつが近づいてきた時点で、何も考えずに癒されるのは無理なんだけど。サイコックマ、単にかわいい生物として見れます?

思ったのは、いつの間にか居ついてしまった毛深いヒモ彼氏の比喩としてリラックマを使っているのでは、という観かた。それなら意味が分かる。
背中にチャックがあるキャラに癒されてるってことは、こう見えてるんだぞ!って大人にも深読みできるようにしたのでは。

女子高生の幽霊が出てくる話で、彼女が動物園にクマを見に行こうとしたら交通事故で死んで化けて出たことを知ると、
「クマに恨みがあるだろうから、せめて一発蹴りなさい」
ってカオルさんがリラックマを羽交い絞めにするシーンも、軽めの動物虐待に見えるけど、ゴロゴロしてるだけでガタイのいいダメ男だったら笑える。

リラックマにはそうして中の人の表情を想像すれば楽しめるようになったけど、カオルさんが見てて疲れる。彼女自身も特に会社で失敗した様子はないけど疲れてる。

どーもくんなんて超狭い洞窟みたいな所にいたけど、あいつら狭い場所でも自由だった。
カオルさんは精神的に閉じ込められているようで、観ていてつらい。
コマ撮りの映像は凄すぎるレベルで、むしろ普通にCGアニメみたい。

ヤマザキマリを「テルマエ・ロマエの人」って認識で止まっているのはいかん!そういうの本当にいかんぞ!!


「プリニウス」8巻が発売されたので読んでる。プリニウスって漫画は僕にとっての「横山光輝 三国志」なんです。
横山光輝で、中国には諸葛亮というたいへん頭のいい人がいると知ったように、古代ローマにはプリニウスという学者というか思想家というか、とにかくスケールの違う変人がいたことを知ったのです。

あ、「プリニウス」っていうタイトルは人の名前ね!
プリニウス様ご一行が世界を旅して、お供の人が彼の言葉を書き留めて書物にしていくって話です。

その一方で、ローマ本国では情緒不安定な皇帝ネロが、民衆に愛されたい一心で財産を投げうって建物を作ろうとしたり、奥さんを呪う人形が見つかったりして、部下に反逆者がいるのでは…とうろたえたり、崩壊寸前国家になっている。

プリニウスや皇帝ネロに関する史実は曲げず、それ以外の空欄のところはヤマザキマリが想像力を働かせて自由に描く。
プリニウスが現代にも残した本には、明らかに実在しない怪物みたいなのも出てくるので、ちゃんと漫画内には「プリニウスは現代にはいない、こういう生き物を見たんじゃないか」って感じで出てくる。史実は史実でガッチリ押さえながら、ファンタジーも入っている。

古代ローマの服装や身分制度とかをガッチリ押さえながら、そのままの流れで8巻には大物
「ミノタウロス」登場。
おおっ、こんなの出しちゃう!?ってわくわくすんだよね。
史実と史実のスキマに想像力ぶち込んで、思いっきり羽ばたいて遊んでるのを、うっとり見上げる。

8巻では、初期と絵も少し違ってきて、人物がつぶらな瞳になって、表情だけでちょっと笑えてくるようになった。
笑いを狙っている「テルマエ・ロマエ」より、当時の発明品、たとえば「魔法の扉」自動ドアの原型を見て、うわー!勝手に開いた!なんだこれ!って驚いている男たちのほうが笑える。そしてかわいい。なんかかわいい。

癇癪持ちでマザコンで市民を苦しめた皇帝も、発明品で大はしゃぎする男たちも、ヤマザキマリの巨大な母性によって、
「男の人ってこういうどうしようもない所が可愛いのよね」
と抱きしめられている。
この世界が、人が、全て作者の愛に包まれた子供のよう。

1巻、キンドルの読み放題サービスでタダです。
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