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ダーマのDLCをインストールしながら「じゃじゃじゃじゃ~ン!」を推す

今日は日付が変わったと同時にスパイダーマンの追加コンテンツ発売!開始!

と見せかけて、通常通り昼まで待たないと配信されず!
遊べるのは仕事から帰ってきた後!
遊びから現実へ!
まさに現実の厳しさを叩き込まれている急転直下の現実落とし!ヤベエ!パねえ!

やることがないので、NETFLIXで「バーフバリ」観る!
ウゴウゴルーガの精神的後継番組「じゃじゃじゃ~ン!」をリピートして観る!!


強烈に印象に残るこの2作は、どちらも「その国じゃないと作れない感じ」が出てるという共通点がある。バーフバリはインドのスケール。精神。道徳心。多少作り物っぽかろうがCGが丸わかりだろうが堂々としていて、笑いが出るまで異文化でぶん殴られる。盗賊とか牛の群れとかの人数がいちいち人数が多い。
船を操縦するシーンとか、船の操舵をぐるんと回すと、ファイナルファンタジー5みたいに船が飛空艇に変形して光射す雲海の中を飛んでいく。
暴力シーンがダメな人にはすすめないが、合う合わないかはともかく圧倒的な「何か」ではある。



デジタル洗脳麻薬系TV早朝こども番組「じゃじゃじゃじゃ~ン!」
無料視聴サイトティーヴァーのページにリンク

パンダの着ぐるみを来た子供とAIが、イケメンや応援団と話をしている。
とりあえず「はやってるからパンダとAI」みたいな節操のなさがいい。番組全体のリズムがいい。
そういえばゲームの「リズム天国」のセンスにも近い。

子供番組らしくダンスのコーナーもあるんだけど、そこの歌詞が
「しろいじゃ~~ん」
「しかくじゃ~~ん」
「とうふじゃ~~ん」

って感じで、意味はない!
それと、ぜったい子供が考えた歌詞じゃない。

大人の考えたおもしろい言葉を、心底たのしそうに声に出す子供。
おとなとコドモのコラボ感。
子供がダパンプの「USA」を歌うけどサビしか知らないところなんて、「うわ!リアルに子供っぽい!アドリブだ!」って、嬉しくなる。

大人の理想にあてはめた「よいこ」に「正しいこと」を言わせるんじゃなくて、
これ面白いんじゃないか、こういう変なキャラ、ちょっと気持ちわるいキャラを本当は子供が喜ぶんじゃないか?って、大人はひたすら場を用意する。進行はお笑い芸人と、ある程度子供の自由なアドリブに任せる。
幸せな光景。
そして大人が観ても単純に楽しい。次回はリアルタイム視聴を目指すぜ。4時台だっけ…

今のNETFLIXお薦め番組は「グッド・コップ」と「ヒルダの冒険」


イギリスのコミック原作のアニメ「ヒルダの冒険」をずっと見てた。
夕暮れ時のムーミンみたい。終わっても、どこか遠くで彼女らの生きる世界がある気がする。

主人公ヒルダは、トロールやエルフのいる荒野に住む女の子。
外を駆け回り、興味あるものはスケッチブックに絵を描く。
この子が町に引っ越して、町の子と価値観のズレや、ファンタジー感あふれる生き物が毎回騒動を起こす。

とにかく動く動く。でっかいブーツで走る走る。
頭がかゆいから調べたら、髪からノミみたいにちっちゃいネコがニャーニャー出てきて、
「シニャミ」ね、ってお母さんが普通に取ってくれるんだけど、え、何その生き物、自然に受け入れてるけど何!って、他のファンタジーもので見たことない感じの生き物が毎回出てきて新鮮。話に絡んでこないモンスター?を見るだけで楽しい。

ヒルダの「田舎の子」描写もいい。
アニメの田舎の子って、異常に純朴で心優しい子に描かれたりするけど、もっと自然。
見た目も行動もどちらかというち街の子より都会的。
大人の言われるままに「きちんと」行動できる街の子より理知的で、自分の意見を持ってるから浮いてしまう。

お母さんが、街に越してきたばかりのヒルダに、
「公園で遊んでる子たちにあいさつにいってきなさい」とうながす。
その子たちは結局あまりいい子じゃなかったので「仲良くしなかった」と報告すると、お母さんは
「そう、じゃあそんなあなたを誇りに思うわ」と自然に言う。
「今日はいい天気ね」ぐらい当たり前に言う。あー、この親子好き。この子の成長を見ているだけで幸福。





実写ドラマでは「グッドコップ」
主人公はマジメすぎる警官。父親は年を重ねても悪ガキ感が抜けない。
対称的な親子の変則コンビものみたいな。

まわりも、マイペースを崩さず、容疑者が逃げても絶対追わない刑事、
敏腕でアクティブな女刑事、
ハイテク機器を操るオタク刑事ら。癖はあるけど憎めない面々。

彼らがわーわーと一致団結しないまま、なんか事件が解決してしまう1話解決型ミステリー。
コメディ要素はあるけど、大げさな笑いはない。品がある。軽い。

おl気に入りは、みんなでボーリング大会に出るの巻。
ニューヨークの警察はそんなのどかな毎日送ってるはずないんだけど、大学生みたいにみんなでボウリングしてキャッキャいって遊んでいる。ワルめのお父さんだけが、ヤンキーが祭りに夢中になる感じでボウリング大会に本気。

そんな中、ピンを倒したので、レーンに入って次の白いピンが補充されるのを待っていると、血に染まった赤いピンがゴトンと並ぶ。
裏の、ピンを補充する機械を整備したりするところで従業員が死んでいた。
誰に襲われたのか?
手がかりは、普段仕事をしている中でふれていた貸しシューズやボール、ゲームコーナーに隠されている。

一方、主人公の超マジメ刑事は、10歳のとき以来のボウリングでミラクルショットを連発。
マジメの度がすぎてるので、捜査よりもプロボウラーへの転職を考えはじめる。

こんな展開、現実ではありえないだろ!って言い出すのがヤボ。
ふざけた展開を、しっかりと予算をかけて、出演者みんなで優雅に楽しんで作ってる。


2作見て思ったけど、NETFLIX限定配信といって、地上波ではできない過激さを売りにするのはとっくに終わったね。
たっぷり予算を用意して、作り手が本当に好きだったものを素直に作っている。

「水曜日のダウンタウン」で空手家が蹴り折ったスポーツ用品は「廃棄予定」


今週も「水曜日のダウンタウン」を見ているわけです。

「100歳以上のヘビースモーカーを探す」企画。
ご長寿スモーカーたちを探して、タバコのうまさと、自分がどれだけ健康かを語らせる。
戦争の苦労話を聞いて平和のありがたみを考える…番組じゃないので、
「地上波のバラエティでタバコを映そうぜ」
から始まった映像にも思える。

みんな高校生じゃあるまいし法律に違反してないぞ、
貧しい時代にせめてもの楽しみが食後の一服だった、人生の大先輩にやめろと指図できるのか?病気にもなってないぞ、
と反論の準備をして、
最後は、なんとなくいい話のように、視聴者を煙に巻いてしまった。


もう一つが問題企画。
「プロVS空手家のスポーツ対決 ただし空手家が一発道具を蹴ってから」

本物の空手家がバット、ゴルフクラブ、剣道、カヤック、ビリヤードの道具を蹴りで折る。
青春をかけた人たちがいる道具を次々と折る不愉快な映像を、それでも凄くて見てしまう。

剣道の竹刀を蹴りで折って、それを相手に持たせて試合をする。
折れた竹刀を使うのは危険だと苦情もあった。
だが、折ったのが芸人だったり、道具を使ったら苦情はそれどころじゃなかっただろう。
折った空手家の鍛錬と、演武の「バット折り」はどうなんだ、という言い分が苦情を抑え込んだ。


ダウンタウンはその昔、バラエティ番組でわざと食べ物をグッチャグチャにして、絶対捨ててるのに、
「のちにスタッフがいただきました」
と、これ書いとけばいいんだろ?とばかりに、表示するようなことをしていた。
物を壊したり、食べ物で遊んだり、やってみたいからやる。

「水曜日」スタッフはダウンタウンを見て育った世代で、昔の番組企画をリスペクトした内容をやったりしている。
今回、スポーツ用品を次々と蹴りで折る場面を流した後、
「折った道具は廃棄予定のものを使用しました」
と説明があったんだけど、本当かな。
その言葉の意味、二通りないですか?

「剣道場から、捨てられる前の竹刀をもらって、折りました」
なら廃棄予定の道具を使っているけど、

「撮影したあと捨てるつもりで、新品の道具を買いました」
でも、廃棄予定の道具を使ったといえる。

なぜヒーローは正体を隠して生活しているのか「ジャスティスリーグ」



PS4のスパイダーマン発売前に映画で予習だ!
と思ったら、スパイダーマン配信してないやんけー、からの、メンツは違うが「ジャスティスリーグ」を観ました!
ヒーロー映画は2年ぶりぐらい。まっさらな気持ちで観た。

火のような視線のアマゾネス軍団を見て、神秘的な海中戦を見て、ビシーッと締まった都会の夜を見て、音速の闘いを見て、ヒーローはなぜ正体を隠しているのかわかった。

みんなに「そばにいる人がヒーローかもしれない」
「見えないだけで希望はすぐそこにあるかもしれない」
と想像してもらうためだ。


ジャスティスリーグは、「スーパーマンVSバットマン」「ワンダーウーマン」らの主人公が集結する映画。
それぐらい知ってれば十分でしょ、と思ったらいきなりスーパーマンが死んでるの。

これは、どれかの作品の続きだ…。

ただ話は明快。
太古から封印されていた「箱」を3つ集めると世界の全てが崩壊する。
それを集めようとする敵と、阻止しようとするバットマンチームが戦う。

過去作の重い雰囲気から、軽く笑いを生むキャラになったバットマン。
剛腕美女のワンダーウーマン。
超高速で移動できるオタク青年フラッシュ。さらに、「アクアマン」「サイボーグ」を加える。

みんな属性がはっきり分かれてて、RPGならフラッシュはレベルが上がるたびに「はやさ」に全振りした状態。
彼とワンダーウーマンの2人がいるとチームの雰囲気が明るい。
フラッシュはヒーローオタクなので、バットマンの装備を生で見て興奮する。

「あ!あれ、バットサインでしょ?行くんでしょ?」
はしゃぐ姿は、バットマンをまっすぐ尊敬しているより、

「いい大人が、金かけてこんな装備揃えてクソワロタw」
的な、ちょっと「いじってる」感がある。

最近の妙にシリアスなスーパーマンやバットマンに、ツッコミを入れる役割。
ワンダーウーマンと密着するラッキーイベントにも、てれて音速で離れたりする、いい奴なのだ。


敵の軍勢はわらわら湧いて、テンポよくアイテムを集めていく。
対抗するために、スーパーマンを生き返らせようという話になる。
スーパーマンがいれば絶対勝てる。ネタバレではなく、そういう存在だ。敵でも味方でも一ひねりにできる。

スーパーマンが復活して間に合えば勝利決定。だが、それまでに被害を最小限に抑えるための、チームの戦いの映画だ。
スーパーマンは本当に絶対的に強くて笑ってしまう。
変なひねりの無さが気持ちいい。

「隣人が実はスーパーマン」の可能性は低いけど、わけもなく下を向いて生きてもしょうがない、ぐらいには気分が上を向く。

明石家さんまの自伝でもあった「JIMMY アホみたいなホンマの話」を観たよ

まず、「ジミー大西」の存在がそもそも微妙になってない?とは思っていた。
「ドキュメンタル」「笑ってはいけない」に出て、連発されるスターウォーズのように有難みが薄れ、お笑い界ではずっと偉人扱いだけど、視聴者側は「そろそろええわ…」ってなってる感じ。

だけど、実際にNETFLIXで観た「JIMMY」は、
ジミー大西の半生という体だけど、それはさんま流の照れ隠しで、
自分の目が黒いうちに、ホンマのこと、世話になった人のことを記録しておこうという「自伝」に見えた。



今でこそアイドルが自分で「天然」と言っちゃうけど、
初めて「天然」と吐き捨てられた人類、ジミー大西。
人気絶頂期に突然引退して、スペインで画家になってしまったので、若くして死んだ歌手や作家のように伝説化している。


冒頭で、野球だけはできたので高校に進学したが、サインが理解できなかった話から始まる。

打席に立つときに監督がパッパッと体を動かしてサインを出すんだけど、野球を知らない視聴者もそこで、
「えっ? 野球って、そんな複雑なことやってんの?」
と、瞬時にジミーと同じ立場に置かれてしまう。

その後も不良に会うたびからまれ、学校に爆弾しかけたと電話させられたり、散々な生活をするジミーだが、
明石家さんまだけが「アホ」の一言で片づけて、いじめられた日々を告白しても、エピソードトーク扱いで爆笑してくれる。

つらい話も、視点を変えて、話術を磨けば「オモロイ話」にできる。
いいことなんかなかった人生は、実は全部丸儲けやったと肯定してくれる、強靭な「オモロイ方がええやないか」の精神。
(実際にさんまの笑えるエピソードって、無茶な先輩、離婚、借金絡みが多いのに、それが辛い経験だということすら意識させない。)

こんな人物を育てた、おそらく楽しいばかりじゃなかったさんまの幼少期が気になるが、
そこは話してもオモロない=語る価値ないのか、全く語られない。


ジミーは言葉を理解するのも遅くて、うなったりどもったり、周囲から見れば不審な言動をしてしまうけど、
さんまという先生に導かれて人生が変わっていく。
言い方は悪いけど「障害もの」に近い。

中盤からは、吉本ですら扱えないとクビ宣告されたジミーを、
体を張って守ってくれたさんまを慕って、こっそり部屋の掃除をしてあげる。緩めのおっさんずラブみたいだった。
大竹しのぶの「イワシじゃないの?」も、不思議ちゃんで可愛い。
間寛平役が息子さん(のはず・・)だったり、作品の外にもドラマを感じる。

先輩からいじられ、人気者になったジミーだったが、島田紳助の番組で絵を描く仕事が回ってくる。
上手い人のあとでジミーの子供みたいな絵が出てくる「オチ」要因のはずが、思わぬ評価を受け、お笑い以外の道が開けてしまう。
選択肢がなければ迷うこともないのに、新たな可能性が開けてしまう。

人生の分岐点で、やっぱりさんまに頼ると、これまでにない厳しい表情で教えられるのだ。
ジミーの笑いはどういうもので、絵はどういうものか。

お笑いに限った狭い話じゃない。
生きてても何もいいことがない、自分は何もできないと思っている人でも未来は予想できないし、チャンスは誰にでも回ってくる。
それを見るのは、単純に元気が出る。

最後は打ち上げ的にみんなで集まって、明石家さんま、村上ショージ、Mrオクレ、本物と役のジミー2人。「アホ」たちが集まる。
頭は白いのが目立ち、シワの増えた笑顔で、30年以上もウケないギャグをまだ続けている。
道がわかれても最後には合流したみんなで、気持ちよく終わる。

はずが、さんま役だけ不在なのが、まあ残念。
いないことで逆に意識してしまう。
本物と「似てるなあ!」って言いあったり、互いにギャグをやるとかもできないし、

よりによって劇中にハニートラップで週刊誌に売られるシーンがあるから、どうしてもいろいろ頭をよぎってしまう。
おそらく、数年後にスキャンダルのことも全部忘れてDVD化したら改めて評価される。
もしくは何十年も経って、お笑い芸人が言語学者みたいになってたら、吉本はかつて「アホ」の居場所でもあったことの貴重な資料になる。
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