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町屋良平「1R1分34秒」 を読んだよろこびと読書メモていど



大きな賞をとったものって、とりあえず手には取るんだけど、だいたい
「完全にはすごみを理解できなかったけど、すごいものなんだろう」
って気持ちを上乗せしてしまう。
かんたんに作品について感想を言ったら呆れられるんじゃないかとか、賞が読書体験に影響するんだけど、この小説については、わかる!

ボクサーの小説だけど、読んでてすげー嬉しいのが、多少本を読むのに慣れてきたのか、
「これは新しい感覚の小説だ」とわかる!
普段使わない言葉は使わないようにして、ひらがなを多用して、安易な比喩を使わないようにして、自分の言葉で、何気なく考えているようなことを書いている。

スポーツ選手が一瞬のうちに何を考えてどんなパンチをしたとか、言葉にしづらい部分をまるで自然に動画から文字に翻訳したみたいに書いている!
わかる!これは、賞を獲ったことを知らずに読んでも凄いと感じたはず!

何ですごいと感じたんだろう。
ぼくが村上春樹じゃないからか。
村上春樹みたいな思考や語彙で生きてない。
題材も、言葉選びも、ふだん使ってる言葉で、感じたことがあることを書いていることがうれしかった。
ぼくらの通ってきた道は軽んじられるようなことじゃないだろ、って言われた感じがうれしかった。
まあ、要はおもしろかった。

僕は本好きといってもそんなレベルです。

昔、横山秀夫「半落ち」を読んだときは、特徴的な文体だということもわからなかった。
今読み返すと、短い文章がタン、タン、タン!と連続で撃ち込まれるような書き方だなあ、ぐらいは感じる。

アートでもお笑いでもスポーツでも音楽でも、全方位にあさく楽しむだけだと、多趣味というより結局は退屈になって、「昔は良かった」とか言い出すんじゃないか。
人生で一度もギターを聞いたことがない人は、60歳で初めて音楽を聴いたら13歳みたいに体に電撃が走るのか。よくわからない。
とりあえず、この喜びが持続しているうちに次の何かを注文するし、テルマエロマエは今電子書籍が無料だ。

学校の図書室にあった「学研まんが できるできないのひみつ」の堂々としたまんがっぷり!

1976年の「学研まんが できるできないのひみつ」が電子書籍化。


文章だけの本が並ぶ学校の図書館に、学研のまんがシリーズと、はだしのゲンだけが居てもいいことになっていた。
「おいらは、まんがだぞ!まんがは勉強になるんだぞ!」と胸を張って、本棚に並んでいた。

何でもためしてみる「やっ太」と、すぐに否定する「デキッコナイス」の漫才のような掛け合いと、ガールフレンドのアララちゃん、ものしりの「けつろんおしょう」が話を聞いて、さまざまな疑問に挑む。

たとえば、日本に100階建てのビルを作ることはできるのか?
シカゴのシアーズビルは110階。日本の最高は55階。
半分の高さの理由は、たとえば、アメリカと違って日本は地盤が悪いから。

ぼくはこのまんがで初めて「地ばん」を知った。
「じめん」じゃなくて「地ばん」という言葉があるってことを。
やっ太がぼこぼこの日本を踏んで「地ばんわるい」デキッコナイスがトンカチでアメリカの土をカチーンと叩きながら「地ばんしっかり。」とやっている絵を見て、地盤の良い悪いがどういうことかを何となーく理解した。

地盤が悪くても、骨組みを工夫すればビルは建てられる。
だけど、高いビルほどエレベーターが必要になって、住むところが狭くなる。ビル風や日照権の問題もある。

やっ太とデキッコナイス、名前だけで対照的とわかるふたりが、
「こうすればいい!」
「それだと、こうなるからダメ」
と意見を出し合って、けつろんおしょうが助け舟を出す。文章だけを読むと先生が書いた文章を読むみたいになるけど、まんがだから、班の生徒が意見を出しあう形に近くなっている。

先生にあたるキャラクターが「おしょうさん」なのもいい。
新聞のまんがとか、昔のお笑い番組はおしょう成分が多かった気がする。ケンカするときは煙の中でポカスカやりあうのも、堂々とした、まんがっぷり! 文章に絵を付けたものじゃなくて、ストレートに、まんが!

巻末には、原型になった学研の連載の第一話と、親御さんへのメッセージも収録。
文字ばかりの本は70年代の「現代っ子」にはなじみにくいのです、まんがは学習の役に立つんです、読ませたいと回答した生徒、親がたくさんいます、と円グラフで説明している。ここも作品の背景だ。


単行本化されないマンガ「解体屋ゲン」電子書籍でダイナマイト爆裂配信!

「解体屋ゲン」が電子書籍になったというので、ためしに読んでみたらいつの間にか夜が明けた。



1巻ダウンロードすると次々お薦めしてくるよ!見出しの「ダイナマイト爆裂連載!」とかいい。
それすら面倒ならnoteで「防災グッズ対決」前後編とか解放されている。
防災グッズ対決
強引な導入、ちょうどいい軽さ。そう。「ちょうどいい。」



「解体屋(こわしや)ゲン」は解体だけでなく、建築全般に関するマンガだ。
解体、建築には、それぞれ住む人のドラマがある。
周辺の会社の黒い一面、労働者の現状、そして災害もある。

震災のあとで、マンガの登場人物に「立ち上がれ東北」みたいなメッセージをそえた色紙がチャリティーオークションに出品されていたが、もっと直接的に、でも重くなりすぎず、災害のことを描いたマンガ。

グルメ漫画と同じくらい「建築」にはいくらでも切り口がある。


主人公ゲンさんは、常にヘルメットで爆破解体が大好きな危険人物だけど、「両さん」や「クッキングパパ」に近い好人物。
開始当初こそ、わざとらしいヌードや事件があるけど、巻数が進むほど人間的魅力にひかれていった。俺もゲンさんのように要所ではビシッと生きたいものだ。
女性読者にモテそうな気がするけど…第一印象抜きで、どうでしょう?

このマンガが電子書籍化で、一挙読み放題サービス対象になることの何が事件なのか。


じつは「解体屋ゲン」は15年も連載して、コミックスが1冊出たきりなのだ。

全国販売されている週刊誌で、ずっと人気上位で引っ張ってきても、形として残らない。
努力の結晶が形として残らず、古雑誌として束ねられるか、コンビニのごみ箱に弁当のカスと一緒に突っ込まれる。
それをわかっていても、いい加減な仕事をしないで、キャラ的に好色でも許されそうなのに、エロも奇抜な題材もほとんどない。
どこから読んでも何となく「このキャラはこういう感じだな」と流れがわかる。


強烈なのは、劣悪な条件で働くしかない左官職人の生活を知って、搾取している企業に殴り込みに行くエピソード。(何巻か忘れた)
搾取の構造は簡単に解決できるものではないが、カチコミで開き直った社長にゲンさんは怒鳴る。

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「気温は30度をこえてる! 照り返しで50度以上かも知れねえ」
天気予報の、涼しい顔で発する30度とは違う。
「照り返しの暑さ」というワードがすっと出てくるのは、現場を見ている人だ。

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そして社長の机をハンマーで粉砕! 

現実なら、弱者が自分の立場を知ったといには、もう環境を変えるのは難しい。
だけど、その場で読める週刊誌のマンガなら、偉そうな連中の机を叩き割って、少しでもスカッと終わるほうがいい。
現実的問題に、せめてマンガ的に落とし前を付ける。

この「搾取される弱者」を、単行本にならない「解体屋ゲン」で代弁する。

床屋や定食屋に並んで置かれてもおかしくない感じなのに、クッキングパパやゴルゴにはなれない。
けど、読み捨てられる週刊誌という現場の中で、手抜き工事をしないでやってきたゲンが、偉そうな奴に一言かます!

腰をかがめてもくもくと作業する職人の姿は、描いたものが捨てられることをわかっていても手を抜かない漫画家の姿そのものだ。



こちらで連載中

祝マンガ大賞2018 2位!「我らコンタクティ」は、さかなクンを讃え、嫉妬する話だ

マンガ大賞2018最終結果
大賞 板垣巴留「BEASTARS」(78pt)
2位 森田るい「我らコンタクティ」(68pt)

たまたま見つけて、たまたま手に取った「我らコンタクティ」読んだ直後にこの知らせを見た。大検討の2位!



退屈な会社生活をしているカナエは、小学校時代のさえない同級生かずきと出会う。

子供のころから友達がいなくて浮いていたかずきは、大人になった今、工場で働きながらスペースシャトルを作っている。
好きな映画を、宇宙で、宇宙人に向けて上映する計画の最中だという。
ちょうど会社をやめたいと思っていたカナエは、うまくいけば金になる話だと思ってかずきに近づく。

自分の好きな映画を、永遠に宇宙で上映し続ける、理解できないことへの情熱。
かずきは、言うならば「マツコの知らない世界」「TVチャンピオン」「タモリ倶楽部」のゲストに出てくる一般人だ。
金でも権力でもモテるためでもなく、私はこれをやりたい、これが好きだ、とガッチリ決まっている人。
子供のころはバカにしていたけど、大人になってふと見れば、あいつが実は一番幸せじゃないか!と気づく。あの手の人。

このマンガは、宇宙計画でも映画の話でもなく「さかなクン」の話だ。
やりたいことがあればいい。夢中になっている人は惨めに見えない。

途中でかずきの知り合いの女性は嫉妬し、ある行動に出る。
自分の店を持ち、金をわたしてくる男がいて、休日には買い物をして、
「これをすれば幸せになりそうなもの」を揃えたはずの人が、さえない工場勤務でひとりロケット作りをしているかずきに嫉妬するのだ。

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かずきは周囲をイラつかせ、嫉妬される。「幸せ」は苦労してつかみ取るはずなのに、あいつは始めから幸せだ。
かずきの存在は、幸せを見つけられない人からは「あってはならない」存在なのだ。

金が幸せの基準だったカナエは、
かずきを見て価値観がゆらぎ、「そちら側」の幸福を知る。
最終的に、安定してるけどダラダラ続く人生より、短くてもお金や地位に左右されない夢に身を投じる。

勢いで人生を台無しにしちゃった女かもしれないが、その時間は、楽しかった。連勤明けより給料日より楽しかった。

長編デビュー作らしい、いい感じの荒削りさと完成度で、みんなの手元に打ち上げられた全1巻。
ほどよいボリュームで読みやすい。

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これがマンガの力だ。 吉本浩二「淋しいのはアンタだけじゃない」2巻レビュー

「ぼくら、目で楽しめるマンガが大好きなんです」
聴覚障害を持つ人には、全て目で楽しめるマンガ好きが多い。

彼らと交流するうち、メディアで取り上げられることの少ない「聴覚障害」をテーマに描くことにした作者。

「マンガが好き」
と言ってくれた人たちに託され、症状はマンガにしかできない文字の歪みや、歪んだ擬音で描かれる。

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難聴は、ただ聞こえづらくなるだけじゃない。耳鳴りの苦しみ、孤独。
家庭から会話が消える。人間関係を壊し、人格を変えていく。痛みを、強烈なタッチで描き込む。

想像したことのない聴覚障害の恐怖と、手に負えなくなってくるテーマに、マンガの力で向き合う作者。

2巻で話を聞いた医師は、自身も途中失聴者。
人生の途中で難聴を患った人は、24時間消えない耳鳴りに苦しめられることが多い。
ある日「耳に水が入っているような」感じがして、左右の聴力に差が出てきた。
今でも、常に高音の耳鳴りがして睡眠薬がないと一睡もできない。
「常にマイクのハウリング音が聞こえる」

自暴自棄になって、衝動的にアクセルを踏み込んだ。

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耳鳴りの薬はない。他に気をまぎらわせるしかない。
自分も苦しみを知りながら、患者には治らないことを宣告しないといけない。


聴覚の話と並行して進むのが、取材当時話題になっていた佐村河内守のゴーストライター騒動だ。
ひとりの聴覚障害者に、
「彼は昔からボランティアに来てくれていた。聴こえないはずです」
と証言されて始まった、佐村河内夫妻への取材。

彼はそもそも「完全に聞こえない」とは言ってない。
なのに「聞こえないはずなのに音に反応してる」と笑いものにされた。
難聴に苦しむ人は、記者会見で笑い者にされる姿を自分に重ねた。
笑われている。
疑われている。
あれが自分に対する世間の目なんだ、と。


佐村河内夫妻は、壮絶なバッシングを受けた後なのに、他では話せないことも丁寧に話してくれる。
マスコミの酷い手口も聞いた。ぜひこの人の味方をしたい。

だが、医者の見解と佐村河内の話に一致しない部分が出て、作者をまたも苦しめることになる。

データだと、佐村河内本人の証言よりは聞こえるはずだ。
佐村河内さんは難聴になった時期に兄弟を亡くしている。心因性の難聴だってある。
難聴になるとみんな発声が独特になるのに、なぜあの人だけ自然に話せる。

何が本当で、どう描けばいい。
部外者の自分が、これほど他人のナーバスな部分に踏み込んでいいのか。

佐村河内に都合の悪いことは描きたくない。だけど嘘を描いたら「マンガ」を裏切ることになる。




3回目の佐村河内家での取材。
重い空気の中で、口下手な作者が言葉を選んで質問をする。

漫画の世界も厳しくて、頑張って描いても話題にされなくて、生活もたいへんです。
もし自分にも、難病とか、いじめとか、引きこもり経験とかがあれば注目されるかも、と思ってしまったことがある。

「現代のベートーベン」ともてはやされたとき、そんな思いは、なかったですか。

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