あなたはカレーのために安定した職を捨てることができるか! 水野仁輔「幻の黒船カレーを追え」

インドで発祥したカレーは、どのルートで日本に伝来したのか。
サラサラだったカレーに誰がとろみをつけ、いつタマネギは飴色に炒められたのか。
そして、ヨーロッパでは根付かなかったカレーに、なぜ日本だけが反応し、独自のカレー文化に進化させたのか。

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仕事の傍ら多数のカレー本を出版した「カレー博士」の作者によると
「カレーの父はイギリス、祖父はインド」
イギリス人が、植民地化していたインドからカレーを持ち帰って、日本に伝えた。

インドから日本に伝える途中で、どうやらイギリス人はカレーに「ひと手間」くわえている。
カレーを気軽に作るためスパイスを混ぜて、カレー粉を発明したのだ。
だがその後、ヨーロッパ各地にカレー文化は根付かなかった。日本で「欧風カレー」という商品があるが、欧州に日本人が唸るようなカレーは存在しない。


では、日本にやってきたのは、どんなカレーなのか。日本最古のカレーレシピ「西洋料理通」から再現する。
まずい。絶望的にまずい水溶き小麦粉ぶっかけ飯。

まずくても当時の日本人がうまいと思ったのならいいが、具材に

<海老、鯛、赤蛙等ノモノヲ入テ…>


とある。
エビ、タイ、カエルなど。
日本人が初めて口にしたのはシーフードカレーなのか?
どうしてもこれが日本人の心をつかみ、150年間愛されることになる最初の一皿とは思えない。

カレー博士が明らかにしたいのは、「正しいカレー史」

ノーカレー・ノーライフの人生だった。カレーが多くの出会いをもたらし、人生を深みとコクのある味わいにしてくれた。
カレーの歴史が正しく描けないのは、自分が何者かわからないくらい我慢ならないことだった。

もし「西洋料理通」のレシピが、本当に日本に伝わったカレーなら、イギリスの古いレストランや高齢者もこれに近いメニューを知っているかもしれない。

周囲に無理を言って、ヨーロッパ各地でカレーの残り香を追う旅が始まる。
150年前の日本カレーのルーツとなる一皿のために。
(奥さんもいい迷惑である。)


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行き詰まり感に説得力がある。いましろたかし「新釣れんボーイ」

いましろたかしの「新釣れんボーイ」に、エラー紙幣でいう「耳」発見。
作風とマッチしてて、これはいい耳だ、ちゃんと持っておこうと思った。

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作者本人をモデルにした漫画家「ヒマシロタカシ」の毎日の愚痴と病気、政治、故郷、エンターテイメント、猫。たまに釣りもする。

なんというか、研ぎ澄まされた脱力感。
なんというか、考え抜かれた何も考えてないようなセリフ回し。


釣り具は細かく描きまれて、興味ないことはざっくりした身もふたもない描き方。
貸しマンガ屋の「バキ」の背表紙のやる気のなさとか、作者が笑わそうとしているのかわからないけど笑う。



これは作者30代のころに描かれた前作「釣れんボーイ」1話。

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顔も環境も、独り言が長いのも、時の流れを感じさせる。「新」1話。
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部屋で飼ってるネコにマンガ論を語るシーンとか最高で、真面目に語ってるのにどうぶつしか聞いてない。
「ある夜 俺はヒマで福本伸行さんのインタビューをネットで観ていたんだ」
俺はヒマで、ってひと言いらないと思うんだけど、さぞヒマだったんだろうなあ。

作者自身の「ちょい自虐系」マンガはネットにもたくさん読めるけど、これは作者の年齢と、しっかり売れなかった経歴がある。行き詰まり感に説得力がある。昼飯代がちゃんと書かれていたり、金の話もリアルでつらい。

昼飯代に悩み、病院代に頭をかかえて、なんとか趣味の鮎釣りで解放される。
釣り具は意外と高い。
魚をすくう「タモ」なんて要は虫捕りアミの水中版だと思っていたが、粋な遊びのための道具だから、けっこうする。

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どの世界でもあるけど、趣味の世界で職人たちによって磨き上げられてきたこだわりアイテムはおもしろい。
ハンドメイドで軽量、魚を傷つけないように最先端の技術が使われている高級品になると3~5万円ぐらいする。

そのことを頭において読むと、最後にヒマシロ先生がやらかす「痛恨のミス」が、精神的にも経済的にも「痛く恨むミス」なのがわかる。
「持ち手が木で、もう生産していないタモ」
拾った人は大事に使おう。



二十世紀少年のアイデアの元になったと言われた「デメキング」
ボンボン末期に連載された「化け猫あんずちゃん」などが人気高め。

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細かすぎて報道されなかった高校野球芸人「サブロクモンキーズ」そうすけの四国アイランドリーグ挑戦記レビュー


元野球選手の杉浦投手。
またはお笑いコンビ「360°(サブロク)モンキーズ」杉浦そうすけの、独立リーグ挑戦記。
野球の話だけど、野球をしてない人の人生と重ねやすい一冊だ。



作者は「細かすぎて伝わらないモノマネ選手権」の常連。
「ヴェー、ヴェー、ベーベーベー…」
と応援歌を口ずさみながら、往年の外国人バッターのモノマネをするネタで、番組では人気者になるが、ブレイクしないまま40歳。

子供のころの夢は野球選手で、全国制覇した翌年の帝京高校野球部で3年間をすごした野球芸人でもある。
だが、帝京では名門校の厳しい現実に、1軍にいることさえできず挫折。
卒業文集にこう書いた。
「入学のときはプロ野球選手が夢だったけど、今はお笑い芸人が夢になった。ガンバル。」

今でも芸人仲間の草野球では誰よりも真剣。甲子園で活躍する球児を見ると、憧れと嫉妬でつい熱くなってしまう。


そんなとき、独立リーグの存在を知った。
一般的にプロ野球と聞いて思い浮かぶNPB(日本プロ野球機構)とは別に、全国各地に独立したリーグがある。
今からでも、野球選手になれないだろうか? 考え始めると、自分にウソはつけない。
全力で挑戦して、夢にケリをつけよう。杉浦はテスト費用の20万円をかき集める。


2016年、四国アイランドリーグの「愛媛マンダリンパイレーツ」に入団した杉浦。
待っていたのは、過酷な走り込みと「駅のそうじ当番」。
練習の合間に清掃活動や少年野球のコーチをしながら、月収は手取り7万円。グラウンドが使えず、壁当ての音がうるさいと怒られた選手もいる。

去年までNPBで活躍していた選手も、甲子園で脚光を浴びた選手も、野球にしがみついて生きている。子供のころ憧れた野球選手はこんな生活じゃなかったはずだ。

そして苦労してマウンドに上がった杉浦だが、勝負にならない。1打席に人生をかけているバッターは、こんなにでかいのか。こんなに怖いのか。
球場に来てくれた観衆をがっかりさせるイメージしか浮かばない。
先頭打者にフォアボールを出す最悪のパターンで交代。


弱音を吐いた杉浦に、かつてドラフト1位で日ハムに入団した正田樹が声をかけた。
「バッターの方が絶対プレッシャー感じてますよ」

そうだ!
ここにいるみんなは、夢を諦めるかどうかの崖っぷちにいる。そこに一回り年上のお笑い芸人が出てきたらどう思うか。
「こいつの球が打てなかったら終わりだ」と思うはずだ。怖いのはお互い様だ。
たくさんのチームを渡り歩いた正田選手は「40歳・芸人」と戦うことがどれだけ嫌かわかっていた。


必死で強さを得ようと練習していたけど、最初から持って、コンプレックスだった「40歳・芸人」の肩書きが武器だったことに気付く。

野球選手を目指す人から見れば、芸人になることは回り道でしかない。
子供のころから芸人だけを夢見て専念していれば、今頃売れっ子になれたかもしれない。
だけど、回り道をしたから得た能力もある。経験できないこともある。


毎年、独立リーグのメンバーは毎年大きく変わる。
「自分はプロで通用しない」と受け入れた選手は退団して、野球と離れた人生を歩む。

もう二度と同じメンバーで野球ができない。
そう思ったとき、数試合しかマウンドに上がれなかった「おっさん球児」の目にも、高校球児たちと同じ純度の涙が光るのだ。


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「永遠のPL学園」読みました!

「永遠のPL学園」
甲子園常連校の急な弱体化と、母体であるパーフェクトリバティー教団の関係に迫るルポ。



桑田監督待望論を蹴って、実際に監督になったのは誰なのか、
PL野球部の現状を知って、あえて入学したのはどんな生徒なのか。
謎を追いながら、最後は球児の純粋さにやられる。

PLの教えは、最初は「道具を大切に」とか、普通のことだったのに、どんどん解釈がずれていく。
「道具を大切にしないと鉄拳制裁」
「ボールを1個でもなくせば連帯責任」
先輩に質問禁止。女子を見ること禁止。水を飲むのも禁止で、最終的には1年生部員がトイレの水まで口にする、卒業生曰く「この世の地獄」になる。

問題行動が次々発覚してからは、優秀な生徒は大阪桐蔭に入学するようになる。
最後のPL野球部は、いい設備を持った弱小高でしかない。
かわるがわる練習試合を申し込まれてはメッタ打ちにされ、マスコミに晒され、OBにはなんとか頑張ってほしいとプレッシャーを受け続ける。

それでも、部員たちが胸を張って言う
「OBにいただいたボールを1個もなくさなかったことが自慢」

先輩の指導、暴力がなくなっても、「道具を大切に」の教えを廃部まで守り抜いた!
感動的だけどどこか違和感の残る、宗教の中にもうひとつ別の信仰が育っていく過程というか…、不思議な読後感。

「字が汚い!」新保信長





第一章の内容が全部要約されて表紙に書かれている。
「何というか、筆跡そのものが子供っぽくて拙いのだ。」

「東大出身・50代」の肩書きと自分の字が合ってない。
ここぞという場面で、いい感じの字が書きたい。
(今の時代、直筆が求められる場面は、だいたい「ここぞという場面」なのだが)


知り合いの編集者に頼んで「六甲おろし」の歌詞を書いてもらって、字のバランスが悪いと
「バントとか失敗しそう」
と批評したり、

有名人、政治家、犯罪者の文字を見て、字は性格を現すのか観察していったり、80年代に流行った丸文字のルーツを探したりと、あんがい巷にあふれている直筆の文字についての一冊。


ここで調べられた範囲での話だけど、女性のほうが字がきれい。
笑うような汚い文字は全員男だ。
取材をすると、子供のころに他の子の文字を見てマネしたとか、いじめられている子が丸文字を身に着けてコミュニティに加わろうとした話が出てくる。
男子はそもそも授業中に手紙を回したりしないし、他人の字を意識することが少ない。

本作で、政治家より小説家より美文字の使い手として紹介されるのも女性。
連続不審死事件で拘留中の木嶋佳苗だ。
ブログに掲載されている字も文章も、美麗で上品な女性をイメージさせ、著者は「明らかにペン字を習っている」と分析する。
今は違うけど、初期「日ペンの美子ちゃん」も、きれいな字は異性の印象を変えるとアピールしている。

文章と書き方に関する部分もおもしろい。
同じ人が同じ題材について書こうとしても、直筆とパソコンで違う文章になる。絵を描くときにペンと筆では違う絵になるように。

服役中にひたすら文章を書くことでプロになった作家もいるらしい。
字が汚かろうが面倒だろうが、もう一度直筆を試してみたくなり、見つけたペンはタッチペン!3DS用の!タッチペン!
こんな思いをさせた時点でこの本の勝ちな気がする。

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