「日本のお笑いは劣っている」結局、茂木ツイートに芸人は反論できるのか「世にも奇妙なニッポンのお笑い」


冒頭で茂木健一郎のツイートが紹介される。
「日本のお笑いは欧米のように社会批判の要素がなくて劣っている」
このツイートきっかけで一冊の本ができあがった。


「世にも奇妙なニッポンのお笑い」


チャド・マレーンは、吉本初の外国人芸人で映画翻訳家。

交換留学で知った「ガキの使い」に魅了されて通った、関西のお笑い養成所。
学費が1年分一括払いだった。
今は半年分づつ払える。
「面白い」と言われて入ったほとんどが、本当に面白い人が多すぎる現実に折れて、半年以内に辞めるからだ。


大阪は世界一の芸人密集地地帯。オーディションの制限時間も短い。
2分で、1分で、他の芸人と違うどんな笑いができるのか示さないといけない。
そんな環境でふるい落とされて、生き残ったネタは緻密かつ細分化されている。

欧米のスタンダップ・コメディは、話題は人種、宗教、政治、下ネタ。
ゆったり時間をとって喋るので大人っぽい笑いに見えるが、日本のお笑いを経験して見ると、笑いのバリエーションが少なく感じるらしい。

「ガキ使」は、勝手にYouTubeにアップされて、国境を越えた有名番組になっている。
人気があるのは図書館で声をひそめて罰ゲームをする「サイレント図書館」。
スペインでは毎週この企画だけの番組が始まった。
長寿番組のワンコーナーが、他国ではひとつの番組になる。言葉の壁に阻まれて伝わっていないが、日本の笑いの多彩さ、企画力は圧倒的だ。


陣内智則は、自分のセンスで世界に挑戦したいと、ほぼ日本のネタそのままでロサンゼルス、ラスベガス公演に挑戦した。その意気込みに共感してネタの翻訳をしたのがチャドだ。

「ドライビングシミュレーター」のネタでは、道路の映像が流れて、横で陣内はハンドルを握っている。
チャドは、映像を左右反転させて右側通行にした。
「ジーンズメイト」ばかりの道は、アメリカによくある「J.C.ペニー」ばかりの道になった。

道路を車が横切る。
通り過ぎたので発車しようとすると、今度は長い長いトレーラーが横切る。
それだけで笑いが起きて、陣内のツッコミでもう一度ウケる。

日本版から変えたのは「なかなか売れない犬がいるペットショップ」だ。
ロサンゼルスでは犬猫の販売が禁止されて、ペットショップは里親探しの場所になっている。
「売れない犬」がネタに入るだけで、客は引いてしまう。

ペットショップの場面をカットすることは、客にこびたり、陣内のセンスを曲げることにはならないと判断した。
お笑い翻訳の仕事は、単にネタを英訳するだけじゃない。
「笑わせたい人と、笑いたい人」の
幸福な関係が成り立つように、ひっかかる所を取り除く作業だ。


もちろん日本の笑いを持ち上げるだけじゃなく、アメリカの即興コントの世界、日本ではほとんど知る機会のないようなコメディアンたちが次々紹介される。

世界の笑いを知るうちに、日本と欧米を雑に比較して「こっちはダメ」「こっちがいい」で終わりにするのが、もったいなく思えてきた。

この本は、茂木さんへ噛みつくことなく、もっと多彩な笑いの世界を観てみませんか?と読者に提案するかたちになっているのが気持ちいい。
多様な文化を認め合おう、という今の世界の流れとも一致している。
「ハッ、なんで僕らは、笑いのことでいがみ合っていたのだ!」
と、読後に世界が少し広くなる。

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水道橋博士「藝人春秋2 上巻」で今さら照英のファンになる。

週刊文春が責められている。
生きてれば誰でも起こすような過ちをさらけ出し、人の一生を狂わせるゲスな奴らだと。
どうでもいいことで騒ぎ、人を疲弊させて休業、引退に追い込むハイエナだと。

水道橋博士「藝人春秋2」上巻は、
まさにその文春を硬派な雑誌から「今のかんじ」にした張本人との会議で始まる。

連載を始めるにあたり、取り上げるべき人物を問われると、水道橋博士の宣言。
「ハシモトを撃つ」
橋下徹。
同じ事務所のデイブ・スペクターに見いだされ、SNSとバラエティ番組を巧みに使って権力者になった。
関西で絶対的な影響力を持つ「島田紳助」「やしきたかじん」「辛坊治郎」を味方につけ、セクハラ発言は無事に爆笑問題がフォローした。
悪い所だけピックアップしたにしろ、やり口の数々はたしかに「フェアじぇねえ!」ぐらいは思わされるし、関西の「オモロイ奴至上主義」への警鐘にもなっている。



装丁がなぜ「007」オマージュなのか。
芸能人本を装った、謎の組織「芸能界」のスパイ報告書だからだ。
このやり口どうなんだ、彼の素顔はこうでしたと、芸能人の裏の一面、底の良心をさらけ出し、007の悪役と同名のデイブ「スペクター」の陰謀に迫る。

人間の「本当」を知りたい。
知った以上は書くしかない。
それだけ。
惚れ込んだ男のこと。ゲスな自分にも認められない男のこと。
裏の顔を知らないふりして、表面的にへらへら付き合うのは性に合わない。

高級車で繋がるビートたけし、松田優作、ビル・ゲイツらの縁。
出る側に立って思い知らされた、みのもんたの無尽蔵なエネルギー。
長い間芽が出なかった愛すべき後輩、芽が出る気配もないのにしぶとい三又又三。

印象的なのは「照英」
ドロッとした読後感になりそうな芸能界本で、掘っても掘ってもナイスガイの彼。
かつては水戸黄門のレギュラーや戦隊ヒーローだったが、今はテレビ仕事を控えて子供たちに地球儀を買い与え、まるい地球を見せて回る旅をしている。
語りに熱が入って、自分の話で泣きだす照英。走る姿はシェパード、潤む瞳はパグ犬だ。

芸能界を干されるリスクをおかして書いた、石原慎太郎編、橋下徹の後編は下巻にまわされる。



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クドカン大河の主役で箱根駅伝の父、金栗四三「消えたオリンピック走者」


日本初のオリンピック選手(マラソン)
2019年大河ドラマ「いだてん」の登場人物(監督は宮藤官九郎)
グリコの箱のランナーのモデル(諸説あり)
金栗四三の生涯を語る一冊。(名字の読み方、カナグリ、カネクリ説等あり)



1912年ストックホルム五輪に、短距離の三島弥彦とともに出場した日本初のオリンピック選手。
また、日本で初めて世界の壁を知って絶望した選手。

世界の舞台で大和魂を見せつけてやるつもりが、国の支援を受けている欧米選手と違って、宿泊施設がない。競技場までタクシーがつかまらない。用意してきた足袋は、硬い舗装道路に耐えられず穴があいた。
最終的にレース中に気を失った金栗は、棄権の手続きをしないで帰国してしまい、記録上は50年以上走り続けている「消えた日本人」として現地の有名人になってしまった。

帰国後「根性無し」と罵られつつ、4年後に向けて涙ぐましい努力を始めたが、25歳で参加するはずだったベルリンオリンピックは、世界大戦で中止。
敗北すら許されなくなった金栗は、日本でスポーツイベントを開催して、次世代の日本人に走ることの楽しさを伝えることに決める。


当時の日本人にとって走ることは鍛錬で、わざわざ趣味で走る人はいなかった。
欧米人は楽しむために走る。女子もショートパンツ姿でスポーツをする。

ストックホルム五輪の惨敗で道ばたに倒れこみながらも、
日本は世界に遅れをとっている、スポーツは楽しくて、感動を与えるものだと感じることから始めなくてはならない、と。
その思いだけはストックホルムから持ち帰ってきた。


そして思いついたのが、壮大な風景の中をタスキで繋ぐ「アメリカ横断駅伝」。
この偉業を達成したら、日本中が感動し、走ることに興味を持つに違いない!
いっぺん海外で大失敗したのに、こりずにもっと無茶な計画を立てている。
今でいえば新庄剛志やアントニオ猪木のような、
「ちょっとぶっとんでるけど、何か面白いことをやらかしてくれる人」だったのだろう。

年齢とともに、選手としては衰えても、日本に長距離走が根付いたら、やがて自分の思いを受け継いだ日本人が、オリンピックで勝てるようになるかもしれない。

アメリカ駅伝はさすがにスポンサーがつかなかったが、国内で、ロッキー山脈のように険しく、風光明媚なコースを検討した。
候補地のひとつが箱根。

初のオリンピックで敗退した悔しさが、ずっと繋がって、現在につながるイベントの形になっていく。
第1回箱根駅伝の号砲を鳴らしたのが、金栗四三だった。

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作者の方が研究をするうちに元気がうつってしまい、ランニングシューズを買ってしまう展開にちょっと笑みが。

カラテカ矢部、「大家さんと僕」で第二の有吉になる

「電波少年」の呪縛を断った!
お笑いコンビ「カラテカ」矢部太郎が出版した「大家さんと僕」が売れている。



住んでいたマンションを追い出された「イマイチな芸人」矢部は、不動産屋で珍しい物件を紹介される。
新居は一戸建ての2階。下の階には87歳の大家さんが住んでいる。
「大家さんは素敵な方ですよ」

上品なおばあ様と、一つ屋根の下で生活が始まる。
家に戻れば、干していた洗濯物がきれいに畳まれている。
電気をつけたら「おかえりなさい」と電話がかかる。

戦時中の苦労話にしんみりして、ほうじ茶を飲んで、初恋の人の思い出を聞いて、二人で血圧を測る。
お笑いライブやゴールデンの時間帯向けの笑いではない。
ささいな出来事。ちょっとした笑い。

「大ヒット中!泣ける!」
と紹介されていて不安になった。そういうのじゃない。
わかりやすいドラマチックな事は起こらない。だからこそ、読者が自分の状況と重ね合わせやすい。
みんな大家さんに自らの亡き祖母を重ねたり、普段は会話のない家族それぞれに過去があることを思う。

もうひとつ、本作に漂うのは「別れの雰囲気」。
冒頭の不動産屋での会話「高齢なのでよろしくお願いします」の時点から、読者はいつか来る「その日」を意識してしまう。
「いつか別れがあるから、なんでもない日々が大切だ」
なんてありきたりな一言にまとめず、ただ平穏な日々を描いた。押しつけがましくない漫画。上品。
他の登場人物たちも、矢部をいじったり、遺産がどうこう言ってからかうけど、本当に人を傷つけることは言わない。


パラパラマンガで成功した「鉄拳」みたいだけど(そういえばカラテカもゲーム名が元ネタだ)
「電波少年」から苦労して開花した点では、第二の有吉弘行かもしれない。

有吉がひとつの番組に人生めちゃくちゃにされ、究極の一発屋として馬鹿にされ、這いずり回っていたからこそ、器用な成功者、品川祐への「おしゃべりクソ野郎」は衝撃だった。

矢部もかつて「電波少年」で、アフリカの部族の言葉を学習して漫才をする企画に参加した。
有吉ほどじゃないが一度有名になってからの、長い長い低迷期。
「お笑い向いてないのかも」
と自問自答して、作中でもスベりまくる。正直、向いてるように見えない。細すぎて、体を張った企画をやるとイジメに見える。

40近くまで頑張っても一向に芽が出ない人生に、そろそろ絶望してもおかしくないのに、まだこんな優しいものを描ける。
苦労があった大家さんも、矢部太郎も、優しいままで生きていける。


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「電波少年」出演者の出川、松村らは日常的に不良にからまれて暴行されていた。
後継者に近いのは安田大サーカスのクロちゃん。

吉本浩二「淋しいのはアンタだけじゃない」レビュー

「ブラック・ジャック創作秘話」で「このマンガがすごい!」1位になったドキュメンタリー漫画家、吉本浩二の
「淋しいのはアンタだけじゃない」が完結した。
いろんな方面から語れるマンガだけど、まず「マンガの力」「マンガ表現の可能性」の作品だと強調したい!


話は、マンガ好きの聴覚障害者との出会いから始まる。

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彼らはマンガの擬音表現で、世界に音があふれていることを知った。
「ぼくたちマンガ大好きなんです」
その声にこたえて、作者は聴覚障害を次回作のテーマに決める。

一般的に聴覚障害は「耳が遠くなる」イメージだけど、実際は音が歪んだり、強烈な耳鳴りが起こる。
24時間止まらない耳鳴りで精神を病み、疲れや幻聴が絡みあって膨らんで、手に負えなくなっても見た目はふつうの人にしか見えない。

そんな聴覚障害を絵にするとどうなるのか。編集者と話し合いながら言葉を歪め、擬音を目障りにする。
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生まれつき耳が聞こえない人が、子供のころにマンガ表現で世界の音に触れたように。
聞こえる人にマンガ表現で「聞こえない人」の世界を見せる。

常にマイクのハウリング音のような耳鳴りがする人には、そのままマイクの絵を描くし、何をやっても感覚がなくてフワフワしていると訴える人は、本当にフワフワ浮いて描かれる。

吉本浩二の「バカまじめ」な描き方も生きる。
たとえば対談では、話し相手と手話通訳者がどの席に座るのか、位置関係が正確に描かれる。
なぜか食っているものもちゃんと描かれる。
どんな相手でも、同行の編集者は出された物をモグモグ食うんだけどその様子を毎回描く。
一見どうでもいいことまでキッチリ描くことで、作者は誠実に真剣に描いていても、小さじ一杯分の笑いが生まれる。

「聴覚障害のマンガ」なんだけど、耳の不自由なヒロインが出てきたりするわけじゃない。マンガしかできない表現、マンガ的表現の可能性を描いたマンガだ。
実写化したり、ストーリーだけ抜き取れない。画力がすごいんじゃない。「このマンガがすごい!」としか言いようがない。


聴覚障害でリンクしているけど別の話である佐村河内守の「ゴーストライター騒動」が絡んだことは、幸運だったのか、不幸なのか。

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現代のベートーベンと言われた作曲家、佐村河内守が、実は耳が聞こえていたとされたスキャンダル。
佐村河内本人に取材のアポがとれる。それも、映画「FAKE」の密着取材中だという。

尊敬するドキュメンタリー映画監督、森達也に撮られるかもしれない。
自分たちもスクリーンに大写しにされて、悪質なメディアの一種に見えてしまうかもしれない。

佐村河内を撮ったドキュメンタリー映画「FAKE」に作者は出てないが、実はカメラを構える森達也自身を描く二重構造になっていた。


興行成績では明暗が分かれた。
「FAKE」は聴覚のことには触れず、テーマをマスコミ批判などに絞って連日大盛況。

「淋しいのはアンタだけじゃない」は聴覚の話と、佐村河内氏の取材が同時に進む。
実際に読まないと内容かわかりにくく、単行本の帯文句まで売り方に迷っている様子で、売り上げは大惨敗。

だけど内容を比べると、
映画では静かに生活しているように見える佐村河内が、マンガでは激しい怒りと苦悩を語っている。
映画終盤に出てくる補聴器は普段使っていないこと、耳が聞こえなくなっても発声が崩れないわけを答えている。
「FAKE」で森達也監督のカメラが届かなかった暗がりに、吉本浩二のペンは届いている。

マンガ好きでいてくれた人の思いを受け取って、マンガ的表現に苦悩して、作者自身も成長していく。
「マンガの力」のマンガだ。だから「このマンガはすごい!」

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