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大好きなクレイジージャーニーのヤラセ報道について

「クレイジージャーニー」は、危険地帯や秘境の祭り、職人の技術についてなど、ジャンルにしばられず、国境を無視した活躍をする人を取り上げる番組だ。

海外チームに移籍したサッカー選手、常にサンダルの松本人志にオーダーメイドで最高峰の革靴を作る職人企画、国宝の再現をこころみる焼き物の先生。
出演者は日本人だが、「日本を過剰にほめる系番組」ではなかった。

スラム取材、虫だらけの下水道に住む浮浪者。彼らのメシを食い、寝床に入った。
廃人同様のドラッグ中毒者。こういう人がいるのは知ってたけど、映すことは、こんなに強いのか。


「ヤラセ」があったとされるのは、爬虫類を愛する静岡大学の加藤先生という、すごくいいキャラが見つかったことから始まる。
この人で、ゴールデンの時間帯でスペシャルをやる。絶対に目当ての希少動物を獲る絵がほしい。
「だが先生のスケジュールは限られている。。。」
と、今思えば助けを求めているような言葉がナレーションであったと思う。

毒ヘビには大はしゃぎで向かっていくのにコウモリが苦手だったり、何が潜むかわからない穴に手を突っ込んだり、そういう人の面白さに松本人志のコメントがあれば最高じゃないか。

でも、ゴールデンでは結果が見えないとダメなのだ。
糸井重里が徳川埋蔵金を探す番組は、歴史の「もしも」を考えるおもしろさもあったのに
何年「結局見つからなかった」でいじられ続けたか。
途中のおもしろさなんか、くみ取ってくれない。
それが視聴者。


そして、用意していた爬虫類をあらかじめ放して、加藤先生を誘導するようにして、つかまえる絵を撮った、らしい。

加藤先生がVTR内で、生き物の密猟や乱獲にふれて、現地の人と危険な空気になっても、生き物を本来の場所から動かすことに警鐘をならしていた。
なのに、同行したスタッフが、本来いた場所から生き物を動かしていた。先生のキャリアに傷をつけることにもなりかねないタイプのウソだった。

地道に働いて、仲間のために戦場を撮るカメラマン。
1日中アリを観察して、アリ飼育キットで成功した人。
なぜジャニーズが?と思ったけど、マグマ見物でのキラキラした目が印象的だった滝沢秀明。
ひたすら昆虫食ってた人。

そんな、たくさんの「好き」で生きてきた人たちに
「なんか、観てないけど、ヤラセの番組でしょ?」
と言われるきっかけを作ってしまった。
何十年も命がけで挑んでいる、せっかくオファーを受けてくれたジャーナリストの顔に泥を塗った。

これがとってもとっても罪深い。

血ゲロやアヘン吸引を放送した番組が、結果を求められる時間帯だと
「期待に応えられませんでした!今回は捕れませんでした!」
が許されなくなる。とってもとっても哀しい。

ドキュメンタリー、映画、動画配信、Twitter、インスタ。
全部ウソと真実と演出がまぜこぜで作られている。

特にプロレスだと、ちょっと前まで
「あらかじめ勝敗が決まっているんだ、八百長だ」と言われてきた。
ファンはそんな見方をしてない。
仮に展開が前もって決まっていても価値が落ちるような弱いコンテンツだと思ってない。
試合を作り上げるため訓練をして、楽しませたい気持ちに「本当」がある。嘘と真実と演出はハッキリわかれてなくて、ウソの中に真実もある。
なのに、見てもない人が、にやついて放つ「八百長」の一言。


いろんな要素が含まれている作品を全部「ヤラセ」で片づける人がいる。そういう大ざっぱな人に笑われる日々が、われわれクレイジージャーニーファンを待っている。

本は移動するもの

子供のころからある古本屋へひさしぶりに行って、目についた文庫本をその場で買って、読んだ。

紙の本の終わりがささやかれているのだから、古本屋もなくなるのかもしれないけど、それにしても、昔は知性もエロスも流行も集まる場所だった古本屋から老いが感じられて、かび臭くないのにかび臭くて、流行ってない店特有の、あの感じがしていたのは寂しかった。

図書館でも古本屋でも、本は自分と関係ない人が書いて、人の手を流れ次ぎ、手にしたひとの記憶の一部になりながら自分のもとに来る。
どのルートで来たか知りようがない、本は移動するものだということを思い出した。

本は、気に入ったところに線を引いたり、思ったことを書き込みながら読むと違う体験になるとどこかで聞いて、そんなことをしようと思ったことがないし新しい本には緊張してできないので、古本屋でホコリをかぶっている本を探しに行ったら、店自体がホコリをかぶっていたのだった。

8月29日の雑記「ガリベンガーV」うなぎの謎に迫る

詳しくない人が見る「超人女子戦士ガリベンガーV」今回は小峠教官も大好きな、うなぎの謎に迫る回。

その前に、YouTubeが「ガリベンガーVを観ている人はこちらの動画も」って、彼女らの動画のサムネに浸食されている!
うちのYouTubeは音楽系とASMRとVチューバーでサムネが三国志。なかなか観れないんだけど。

ぼくも動画配信をずっと観ていた時期はあった。ニコニコ動画でゲーム実況が始まりだしたころ。
配信自体が著作権的にグレーで、やったことがあるゲーム画面が見れるだけで驚いた。
プレイ動画だけ観たくて声が入ってるのが嫌な人もたくさんいて、字幕でケンカしないように、声が入れば「ゲーム実況」ってタグをつけよう、って決まっていったころ。
そのころの配信者が復活して活躍してるらしいと聞くと、気になるし、観ればおもしろいんだ。知ってるんだ!
けど、いちど配信から離れるとなんか観なくなる。

今回のテーマは小峠も大好きな「うなぎ」
バーチャル回答者は電脳少女シロ、自称世界初バーチャルシンガーYuNⅰ、花京院ちえり。

うなぎが大好きな小峠が出た専門誌というのは「うなぎ百選」といって、認定されたうなぎ屋に置いてある季刊誌だ。
2019年春号の、
「あの人もおうな好き」のコーナーに登場している。
エッセイは飯野亮一の「うな丼と割箸」。
「うなぎクイズ」や読者投稿コーナー「うなぎ川柳」もあるらしい。
うなぎ以上にこの雑誌がめちゃくちゃ興味深いんだが、本屋にはない。自分の足でちょっとぜいたくに名店をたずねて、待ち時間にゆっくり匂いにつつまれて読むのが正しい作法だろう。


番組のクイズは、4枚のうなぎっぽい生き物の写真から、どれがニホンウナギかを当てるもの。

シロ「下にまきすが敷いてある日本っぽい2番」
YuNⅰ「3番。そういう目してる。YuNⅰには聞こえる」
ちえり「ちえりちゃんは1番」
小峠は真剣に当てにいく表情で「3番」

正解は4番。
4択の問題を4人が答えて当たりが出ない!
それでも、
「これは勘だな」
と思うのも無理のないクイズで、まきすの上に置かれているから、日本料理に使われている魚という、1人だけ背景にヒントを求めるシロさん。
料理しないとなかなか出ない「まきす」というワードが出て、それは京料理の「鱧(はも)」だったと聞くと「骨がいっぱいあるやつ」って知っていて、短い中にも頭良さそう感のつまったやりとり。
3人一組がクイズに挑戦して、失敗すると頭をカチ割られる「賭博覇王伝ゼロ」というマンガがあるが、3人のうち一人が少ないヒントから正解ににじり寄っていく様子は「賭博覇王伝シロ」である。


うなぎなど、深いところにいる魚はヌルヌルで身を守り、浅いところにいる魚はうろこで硬く体を守る。うなぎは岩登りをするというので、「すん」とワープして岩登りを観ることに。

ただ、流れた映像は、ちっちゃいウナギがたくさん岩に飛びついているもので、立派なうなぎが勢いよく上る面白いものではなかった。
小峠も「ヘビみたい」。
みんな「思ってたのと違う」って言おうとしてやめてるような。
「うなぎ登り」のテロップが出たけど、うなぎ登りで連想する絵は、これじゃないな!?

うなぎの子孫の残し方は誰も見たことがないし、新月に産卵するのも仮説でしかない。飼育されたうなぎは、絶対に卵を産まない。なじみがあるのに神秘的。
いくらでも観察することはできるのに、どうやって生まれるのかわからないのでうなぎとVチューバーは同じ。

自然のうなぎはオスメスがほぼ1対1なのに、養殖ではほとんどオスになる。
どうやって雌雄が決まるのか? シロ説では
「メスはとぐろを巻きがちだったりして・・・オスはもう、ピュンピュン丸ですよ」

つまり、うなぎはわからない。わからないということがわかった。専門家がいくら研究してもつかみきれない生き物だった。うなぎだけに。


バーチャルユーチューバーで検索すると、ぼくのしってたキズナアイちゃんより上に出てくる。やっぱりあなた勢いあるんだね。

奥田英朗「罪の轍」がおもしろすぎてもう。



グミ噛んでページめくってグミ噛んでページめくって気付いたら朝か・・・。それが俺のお盆。至福。
少なくとも8月いっぱいはこれ一冊で他のことをやる時間はないと思っていたのに2日で半分くらい終わってしまった。

オビに書かれている程度の内容紹介をする。
前回の東京オリンピックの前年に、子供が誘拐される小説です。
凝ったトリックがある緻密なミステリーというよりは、人間ドラマが軸で事件もある、という感じ。

トリックがオリンピックと関連してくるのかすらわかってないけど、この内容を2019年にぶつけてくるのは、何か問いかけがあるのでしょう。

オリンピックでの前年だけど、庶民の話です。群像劇です。
奥田作品によくある形式で、事件につながりそうな男と、刑事サイドの人間、それぞれの視点で進んでいく。
東京は世界一の公害の街で、ラジオも電卓もカラーテレビも高価なものとして紹介される。
山谷のドヤ街に、オリンピック特需で肉体労働者が日本中から集まっている。
イベントを楽しみにする雰囲気じゃない。

「なにが来年はオリンピックだ。のちに国民みんなが祝福して盛り上がったように報道されるかもしれねえが、現実はこんなに冷めてるぞ」
って皮肉がある・・・・ような気もする。後半にはどうなるのか知らないけど、登場するのは労働者やヤクザが多くて、上の人たちだけで盛り上がってるオリンピックを祝福する感じになるとはとても思えない。

捜査がアナログだった時代のハラハラ感もいい。
誘拐事件で犯人から連絡があって、逆探知とか、身代金の話とか、できるだけ会話を長引かせるとか、今やコントでしか見ないことを真剣にやっている。

作中の説明では、日本での「誘拐」は、家庭に電話が普及したこと、
黒澤映画の「天国と地獄」がヒットしたことで模倣された新しい犯罪だ。

ことによると犯人側も、リスクが大きすぎて割にあわないことすら知らないんじゃないか。
犯人も警察もなんかバタバタ右往左往して、この時代の誘拐事件にしかない緊迫感がある。

読書日記「砂の女」→「罪の轍」

年をとると、むかしは面白くなかった勉強が面白くなってくるというけど、自分にもそんな時期がきたのか。
古典的名著とよばれている小説を手にとっては読んでいる。
「砂の女」が面白かった。名著って、考えさせられるんじゃなくて単純に面白いから読み継がれてきたんだと、今さら気付いた。

アリジゴクの巣みたいな住居で主人公が働かされて、「モッコ」で荷物が配給されるんだけど、
「モッコ」ってなんだ。わかんねえものに荷物が入ってくるなあって思いながら読みきった。



さきほど、昼間寝すぎてこのままだと夜がつらいんで散歩がてら本屋に入ったら
奥田英朗の「罪の轍」って長編ミステリが平積みしてある!
ちょうど、何年もファンだった人の新刊が、久しぶりに分厚い小説を読める気持ちのときに置いてある!



ハードカバーの小説自体、しばらくぶりで、買って帰るまで「これはへたすりゃ来年になったりして」と、思いつつ、たまにはどっしりした娯楽に浸るぞーって気にもなってるわけ。

本の中央のページに栞のヒモがあるのを、うっかり先を読まないように引っ張って取り出したりして。
「この感じこの感じ」
つって読み始めたら、時代が「砂の女」と同じ、まえの東京五輪の少し前で、導入部でコンブ漁をいとなむ若者が「モッコと呼ばれる木の箱」を使っていた。

モッコじゃねーか!
モッコがどういうものか何となくイメージつかめた!
嬉しくなったんだけど誰とも共有できそうにないぜ。

↓本当は買おうと思っていた本

全裸監督。レビュー

セールスマンだった村西とおるは、「エロ」の世界に足を踏み入れ、規制ギリギリの攻めた本を売り、奇抜なAVを撮って巨額を稼ぎ、ハワイで撮影したら逮捕。世界に出てしまった日本の恥に懲役370年が言い渡される。狂った時代の狂った男を主人公にしたドラマ。

絵がすごい。街の趣味の悪さがすごい。ファッション。エロ本やストリップにギラギラした目をむける脂っこいオヤジ集団がすごい。
家に置いてある古いラジカセ、テレビ、青竹踏み。
最近「バブルっぽい」お笑いやダンスも話題になったが、もはや異世界ファンタジーなのだ。

股間がはみ出てないか修正の面積をチェックする警察、修正部分が消えるウワサを信じてバターを塗って本を擦りつづける男子など、
話には聞いたことあるけど、映像で見るとあまりのトホホ感にクラクラする。


村西は「エロ」を売るために、本屋を丸ごと買い取る。
レジに突然札束を置き、店主にこのままローンを払い続ける人生か、今、人生を変えるのか?を選ばせるのだ。

北海道中にわいせつ図書をはびこらせていく村西。ヤクザと大差ないように見える警察。

作中の村西は、おそらく実物よりも「ウソや建前が嫌いで、表現欲で動く人」になっている。 女に興奮する描写は最初だけで、目的は、誰も見たことのないものを作ること。われわれと同じ、「驚かせたい」「ウケたい」欲で動いている。

幼少時代の経験から、
「きれいごとを並べても、人間は金の前に無力なんだ」と刻み込まれていて、表面だけ正しいことをいうオトナたちに、社会に復讐しているようにも見える。
ビデオ出演で泣く女たちも、監督のせいではなく業界全体の闇によって不幸になるので、かなり攻めた表現といいつつ村西という人には、じつは共感しやすくなっている。

ビデオデッキの普及にともない、裏本からアダルトビデオ制作に乗り換える村西。
ここからはキャストを集めて、観たことのないものを作りたい表現欲が爆発する。
AV撮影トリビアもあって、タマゴを割ってるから「差し入れでも作ってるのかな」と思ったらニセ精子は噴いた。

「女優が笛を吹くAVがある」ことは深夜ラジオか何かで聞いたことあるけど、
祭りの屋台とかにある「ピロピロ笛」をイメージしてた。
ぼくの想像していたフエAVは、女優が四つん這いでピロピロ笛をくわえてて、バックから男優に突かれるたび、前3方向にピーーッて出たり引っ込んだりするので、あえぎ声が見えるというものだ。

どうやら使われたのは「ホラ貝」だと知っても、戦国武将が出陣するときに使うやつしか知らなくて、
どういうことだ?と。
映像を見て「こういうことか」と。


役者陣も、クレイジーを演じるにはクレイジーだ!とばかりの熱演。
単に脱ぐだけではない、この役をやったら今後CMの依頼が来なくなるかもしれない、一生「あの役をやった人だ」と街中で指さされるかもしれない。

1回でもAVに出た女は、どんな事情があってもその後にどんな生き方をしても一生「AVに出た女」呼ばわりから逃れられない。作中でも出演がきっかけに人生が変わってしまった人が出てくる。
その人を演じる以上、自分たちもリスクを背負って、一線を越えて演じようとする誠意。

クライマックスのスカイファックよりも、合体したままアパートの外に走り出すシーンに笑った!
露出趣味じゃなくて、室内で撮影していたのにいい表情が撮れたテンションで、みんなで外に出て、金八先生のオープニングみたいになる。
「えっ何? エロより笑いの要素が足されない?」と思うけど、彼らは情熱のままに走り出す。贅沢をいえば通行人がもっといれば。


終始、狂った時代の狂った人たちを撮っていて、
「情熱と自由のある時代だった」
ととるか、
「世界から奇異の目を向けられた、恥ずかしい時代だった」
ととるか。

ぼくは後者だ。だからこそ目が離せない。ハワイ撮影に乗り出したときは
「うわー!日本の恥が見つかるー!」って感じだった。電波少年でもこんな気持ちになったなー。
クールジャパンですか。日本のコンテンツを世界が熱狂ですか。日本ならではの職人技術を世界が絶賛ですか。ウソでしょ。そんな素敵なものばかりの国じゃないだろう。

ハワイで今までにないものを撮った村西は、予告でもあったFBIに突入され、事実上「死ぬまで」にひとしい懲役をくらう。
ここで終わりでも良かったかもしれない!
観たあとも、やっぱりこの時代を、人を、好きにはなれない。
でも一気に観たのは、
「お前の人生、このままでいいのか?」と村西のカメラが問うてきたからだ。

お前の人生、このまま毎日くりかえしで、脳みそがブッ飛ぶような熱狂を知らないまま、どこかで病気ケガ貧困でいきづまり、何か必死でやってればよかったなー、と嘆きながら、しぼむように人生を終える。

ここに出ている人は、たしかに立派ではないけど、
「俺は生きてるぞ、今が楽しいぞオラアアアアア!!」
って笑いが止まらない夜を知っている。
そこは、どんなにみっともなくても自分にないものなので、悔しかった。

ユアストーリーは観てないけど

山崎貴監督が手掛けた「ALWAYS」原作の西岸良平「三丁目の夕日」は好きで、コンビニで売ってるお手軽まとめみたいな単行本じゃないコミックスを本棚横2列くらい、ずらっと揃えてました。
こち亀の少年時代の話を読む感じ。
いや、きったない駄菓子屋がまだギリギリ残ってた地域に住んでいたので、もっと共感しやすかったな。

原作では田舎から状況した男の子が、映画では美少女になって、まるちゃんのお父さんみたいな憎めないお父さんは、喜怒哀楽の激しい昭和のお父さんにアレンジされてます。絶滅危惧種に指定されてるやつ。


興味もったんで山崎監督の経歴を見ると、この人スゲエっすね!
ドラ泣き、クレヨンしんちゃんの実写のやつ、寄生獣、キムタクの宇宙戦艦ヤマト、ドラクエユアストーリー、次はルパン三世。
日本人の好きなものに一通り手をつけていく。

どれも、大切にしている人が大勢いる作品、長い作品から、エッセンスを2時間ぶん抽出するというよりは、2時間におさまるダイジェストみたいに料理する。

毎回原作ファンが激怒してると聞くけど、それでも次を作る。

「こんな映画化は認めない!そもそもこの作品はだな。。。」と原作ファンがラジオで語る。文章に記す。コンビニに本が並ぶ。映画きっかけで作品の魅力を知った人がいる。
そこまでの一連の流れを計算しているかのような節操ないチョイス。

映画を観ても映画が終わらない。原作どんなんだっけ、と思い直し、改めて作品について語り合い、あらためて原作の偉大さを知って、ようやくユアストーリーが完結する。

ぼくはドストエフスキーがよめる

本が好きなのに翻訳小説が全く読めない。

文字を目でたどることはできても、頭の中に雑音が入ってくる。
(そもそも本のおもしろさって、ストーリーよりも、書いた人、本人の、それぞれ違う表現のしかた、言葉選びだ。どこで改行するか、会話文のあとに句読点はつけるのかとかでさえ違う、そこがおもしろいのに、作者ではなく翻訳した人のセンスが混入しているよ・・・それより日本文学で名作、おさえておくべき本、たくさん残ってるよ)
ええい!雑音うっせー!邪魔するでない。

それがkindleで無料の古典文学をダウンロードするようになると、あれ、意外と読める!
ドストエフスキー。「罪と罰」。あまりに定番で、いつか読めたらな、と思いつつ年をとってしまった。

読んでると、ロシア人の名前が覚えられず、確認のために戻ることがある。読解力や記憶力がないわけじゃなく、ドストエフスキーではよくあることらしい。
kindleでいちいち戻るのが面倒になって、文庫本で買ってきた。
なんだろね!なんか「罪と罰」買うのは、気恥ずかしく、嬉しかった。ぼく、ドストエフスキー買ってるなあって。

いきつもどりつ読み進めていく。読める! 義務感でなく、ちゃんと楽しんで読める!


ドストエフスキーの時代って、日本では黒船が来航して「なぜ鉄が浮くのだ」って大騒ぎになってたころらしい。
そんな時代の人が想像して書いた、実在すらしていない人の人生が紙に封じられて、令和の日本人の頭の中に入って、頭の中でまた動き始めた。
それだけで、おもしろい。

厚い小説が読めてるときは精神状態がいいとき。うれしい。
外で読むときはなんか恥ずかしいのでカバーをして、こそこそ進める。たのしい。


関連ワードで検索すると普通にストーリーのネタバレ出ちゃう!

有田と週プロとF、配信開始

アマゾンプライムで「有田と週刊プロレスと」ファイナルシーズンが始まりました!
くりぃむしちゅー有田が、週刊プロレス1冊をもとにその場でプロレス知識を披露する、現代版の講談。

ってファイナル・・・!?
いや、でもこの番組で学んだから。「引退宣言は撤回するもの」と。
人を喜ばせるための裏切りや反則はウソにはならないと。


今回はプロレスを語る以外に「2択でどっちが好きか選ぶ」コーナーもあり。
「反則技は、イス攻撃と急所攻撃どっち?」といった2択質問に直感で答えて、あとからその理屈を考えていく。

おもしろかった質問は
「レスラーの体重表記は、ポンド、キロ、どっちが好き?」


有田は「ポンド」と答えて、そのあとで、理由を言葉にしていった。

プロレスは非日常を楽しむものだから。
キロよりも、よくわからないポンドで紹介されたほうが、異世界の住人であるレスラーの謎めいた感じに合うと。


なんて面白い考えかた!
たしかに、ゲームのファンタジー世界で「円」は使わない。
異世界では当たり前に使っているらしい単位から、非日常が香る。

大蜘蛛ちゃんフラッシュバック1巻無料

1巻が無料配信されていた「大蜘蛛ちゃんフラッシュ・バック」をまんまと全巻買ってしまった。


あの、衝撃だったんですよこれが。
学園マンガで、イヤな奴のいない部活で、女子たちと楽しく活動する。
「究極超人あ~る」を知っていれば、あんな感じと思ってもらってかまわん。ちょっとエッチなイベントもあるぞ。
そういう古典的な、ちょっとオタクの理想郷っぽい世界。

学園まんがには、スパイスとして「じつは主人公やヒロインが超強い」とか、変わった部活だとか、なにかしら独自の設定があるけど、大蜘蛛ちゃん~の場合はそれが変わってて
「主人公がお母さんをちょっと好き」
っていう。何それ!?

ヒロイン候補が実母。
妹がダメな僕もさすがに「マジか!」ってなりました。

さえない主人公になぜか学園イチの美少女が世話を焼いてくれたり、
主人公の家に義理の妹と母が押しかけてきて同居することになったり、
ご都合主義な設定があるじゃないですか。
大蜘蛛ちゃん~ではそのへんの理由付けはバッチリです。

Q「なぜヒロインがかまってくれるの?」
A「まあ、産んだし」

Q「なぜヒロインが同居することになった?」
A「もともと同居」

ありがちな「夏祭りに行ったら浴衣姿の女子と会った」ってイベントも、
このマンガでは「母さんの浴衣姿が見たい」だし、

体育祭では、クラスメイトの体操服姿そっちのけでお母さんと手をつないで走ったとか、
「何それ!?」

ただ、これがド変態の読む漫画かと言えばそうでもなく、むしろ空気はちょっと昔の学園マンガふうで、わりと健全。
親と、クラスメイトの異性の話をする場面も新鮮だ。
あと、ぼくの好きな「背景にどうでもいいことが細かく書いているマンガ」でもある。

とりあえず、今なら1巻無料。母ってとこはともかく、ヒロイン造形的には正直好きなんだよな・・・

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